御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
強く掴まれた腕を振り払ってアパートに向かおうと抵抗する私を、さらに強い力で怜人さまが引き止める。
「理咲」
いつもは優しいテノールが、一段低くなった気がした。
ハッとして見上げると、抗うことを許さない深い色の瞳に捉えられる。
有無を言わさぬ気迫にひるんだ瞬間、彼の中にある絶対的な力に支配される。
「落ち着いて答えて。あなたが大切にしているものは、部屋のどこに置いてあるんですか」
「……テーブルの上の、紙袋の中——」
そう私が答えきらないうちに、怜人さまが私から離れて身をひるがえす。そして、あっという間に煙の中に消えていくのが見えた。
一瞬の出来事に、呼吸することさえ止まる。
「やっ……怜人さま……っ!?」
パニックになって無意識に後を追った。
「ダメだっ。危ないぞ!」
強い力で誰かが私を押しとどめる。その手から逃れようと力の限り抵抗するも、何人かの手で押さえられ、体の自由がきかない。
「や……。ダメ……」
怜人さまが火事の中に……。
怜人さまに何かあったらと思うと、恐怖で全身がすくんだ。嫌だ。怜人さまが傷つくことなんて、絶対嫌だ。