御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
……やっぱり返ってきてない。
あれから何度も教えてもらったアドレスにメールを送っているけれど、可憐さんからの返信は一度もなかった。
送ったものが返ってきていはいないから、メールアドレスは存在するのだろうけど……。
赤ちゃんは順調に育っているんだろうか。それにご両親の説得は……。
可憐さんのご両親に思いを巡らせたところで、実家の母のことを思い出した。
部屋が火事になったこと、伊豆のお母さんにも連絡した方がいいかな。
けれど、海女の祖母とそれを手伝っている母の仕事は、まだ暗いうちから始まる。
もしかしたら、もう眠っているかもしれない。
思い直して母への連絡は明日にすることにし、スマホの液晶を閉じようとした瞬間、不意に着信音が鳴り反射的に電話にでた。
「あ、ねーちゃん!?ニュースでみたけど、ねーちゃんの住んでるアパート、火事になってなかった!?大丈夫なの?怪我とかしてないの!?」
弟の陸の興奮した声が耳に響き、思わず液晶画面を少し離す。陸は私立大学の三年生。私のふたつ下の弟だ。
「私は出かけていて、部屋にはいなかったの」
受話器の向こうで、陸が安堵のため息をついたのが分かった。
「母さんには?」
「どうせニュースなんて見てないだろうし、もう遅いから明日電話する」
「そうだな。その方がいいか。下手に話したら、『今からそっちへ行く』とか言いだしかねないからな」