御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
嘆息をひとつつき、私は沸騰したお湯を、茶葉の入ったポットに一気に注ぐ。
すると、途端に撹拌された茶葉が、芳醇な香りを辺りに放った。
熱と水分で柔らかくほぐされ開かれて、甘い香りと香しい成分を解き放つ濃厚な時間に、一瞬うっとりと我を忘れてしまう。
——まるでそれは、怜人さまと一緒にいる時間とおなじ——
「おはよう……。いい香りだね」
耳元で甘い声が聞こえ、続いて後ろから抱きしめられた。
考え事をしていた不意をつかれ、過剰に心臓が跳ねる。
「お、おはようございます……」
おずおずと返事を返すと、怜人さまは嬉しそうに笑いながら、私を抱く腕にぎゅっと力を込める。
薄いシルクの生地から伝わる体温が、ただでさえ早くなった胸の鼓動をなおさら忙しなくする。
「あの、怜人さ……。離して下さらないと、朝の支度ができません」
「今日は土曜で仕事も休みなんだし、ゆっくりでいいでしょう?」
私がいくら抗議の言葉を放っても、怜人さまはいっこうにお構いなしだ。
これではせっかくの紅茶を台無しにしてしまう。
腕から逃れようと何とか抵抗を試みるが、怜人さまはまるでそれを楽しむかのよう。
体にまわした腕をますますきつく私に絡ませるのだから、本当にタチが悪い。