あなたの願いを叶えましょう
「う、わーーーん!!」

小狭いタイ料理屋に私の泣き声が響き渡る。

「うんうん、円ちゃんの気持ちはよぉく解った。辛いよね」

悲しみに暮れる私をみて、やや垂れた目が少し困ったように柔らかくほころぶ。

大きく骨ばった手がよしよし、と頭を撫でてくれた。

「触んじゃねぇよ!」

が、しかし、別の手がすぐさまそれを阻止した。

「余裕のない男はダサいぞ、波瑠」

ナオシは払いのけられた手をわざとらしく摩る。

「どさくさに紛れてセクハラするからだろ」

黒澤波瑠は目を細め、兄へ非難の視線を向けた。



仕事帰りに立ち寄ったのは黒澤波留の兄、ナオシが経営するさびれたタイ料理屋だった。

九時を回り、ディナータイムを過ぎてはいたものの、お店には私たちの他に中年のカップル一組しかお客さんがいなかった。

雰囲気からすると恐らく不倫だろう。人目を忍ぶにはもってこいだ。

それくらいこの店は流行っていない。
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