聖獣王と千年の恋を
「おはよう、母さん」
台所に入ってメイファンが声をかけると、火にかけた鍋をかき回していた母が笑顔で振り返った。
「おはよう、メイファン。ちょうどよかったわ。卵をちょうだい」
「はい」
回収してきたばかりの卵を手早く水で洗って、母に渡す。母はそれを割りほぐして、煮え立つ鍋の中に回し入れた。
メイファンはその横にならんでネギを刻む。
火を止めて鍋から卵粥を器に移しながら、母は忙しそうに言った。
「ごはんが済んだらすぐに桃を収穫するわよ。聖獣殿(せいじゅうでん)の人が手伝いにきてくれるから午前中になんとかなると思うわ」
母が手渡した器にネギを入れながら、メイファンは尋ねた。
「父さんはもう聖獣殿に行ったの?」
「えぇ」
聖獣殿は守護聖獣を祭る神殿で、守護聖獣はそこでビャクレンの都を守護しているという。
ビャクレンの守護聖獣は大きな白い虎の姿をしているらしい。
もっとも、世の平穏が脅かされることでもない限り、聖獣が人の前に姿を現すことはない。はるかな昔、聖獣の加護が弱まり、魔獣が人々を脅かす「暗黒の百年」といわれる時代には、聖獣だけでなく魔獣の姿も人々は頻繁に目にしたらしい。
だが少なくともメイファンが物心ついて以降に聖獣が現れたことはなかった。
祭りはこの聖獣殿を中心に行われる。男たちは祭りの準備で早朝から聖獣殿に集まっていた。父も準備を手伝いに行ったのだろう。
母と共に食卓に着いて朝食を摂る。卵粥をひとくちすすって母はメイファンに笑みを向けた。
「祭りの準備が終わったら、今夜はおまえのお祝いをするよ。今日で二十歳だね、おめでとう」
「ありがとう、母さん」
メイファンも母に笑みを向けた。
今日が誕生日といっても、メイファンは二十年前の今日生まれたわけではない。二十年前の今日、桃の木の根元に捨てられていたのだ。
それを今の両親が拾った。
子どものいなかった両親にとって、聖獣への供物となる桃の木の下にいたメイファンは、聖獣からの賜りものだったのだ。
特別に甘やかされたりはしなかったが、実の娘同様に大切に育ててくれたことにメイファンは感謝している。