聖獣王と千年の恋を
朝食を終えて、メイファンとワンリーは宿を出た。宿に面した通りはゆうべよりも多くの人で賑わっている。おいしそうな匂いのする露店やきれいな刺繍を施した服を売る店など、メイファンはわくわくしながら辺りを見回した。その様子にワンリーが笑みを浮かべながらメイファンの手を握る。
「あとでゆっくり見て回ろう。まずは聖獣殿だ。あの角を曲がったら口を利くな」
「はい」
ワンリーに手を引かれ、少し先の角を曲がる。そこは聖獣殿に通じる参道で、表通りと打って変わって人の姿がほとんどない。
石畳の道は両脇を赤い塀に挟まれ、ところどころ脇道と交わっているものの、参道に面して店を構える余地がないからだろう。道の突き当たりにはシンシュの守護聖獣ヂュチュエを象徴する赤色の聖獣殿の門が見えた。
時々すれ違う人は誰もが、メイファンとワンリーには見向きもしない。また別の空間に入っているということだろう。
やがて聖獣殿にたどりつき、木製の赤い門をくぐる。色が赤色で統一され主な素材が木製であること以外、本殿の形と大きさはビャクレンのものと大差ない。シンシュでは祭りの時期ではないようで、敷地内に人影はなかった。
石段を数段上り、太い柱に挟まれた入り口を入ると、突き当たりにある大きな扉の前には真っ赤な羽毛をまとった大きな鳳凰が立っていた。頭の上の冠羽と長い尾羽の先にある丸い目玉のような模様は虹色に輝いている。これがシンシュの守護聖獣ヂュチュエ。その横にはエンジュが立っていた。
ワンリーはメイファンの手を引いて、聖獣たちの前に進み出る。そしてビャクレンの時と同じように、握った手を胸の高さまで掲げて命じた。
「聖獣王ワンリーの名において命ずる。シンシュの守護聖獣ヂュチュエ、及び四聖獣エンジュよ、この娘メイファンに加護を与えよ」
ワンリーの声を合図に聖獣たちの体が赤い光に包まれる。光は見る見る膨張してメイファンの体を包み込んだ。眩しさに目を閉じれば、体の内側が温かくなっていく。そして光と共に熱もゆっくりと引いていった。
目を開くとなにもかも元通りで、加護の儀式が終了した事をメイファンは悟る。
「エンジュ、あとはまかせた」
ワンリーはそう言い残して、メイファンと共に聖獣殿を後にした。そのままワンリーに手を引かれて、元来た道を引き返す。角を曲がってにぎやかな商店街に出てもワンリーは手を握ったままだった。
おそらくもう別の空間にはいないと思うが、またかみ合わない押し問答をするのも不毛な気がして、手は預けたままにする。それに慣れない人混みにはぐれてしまいそうで、ちょっとありがたかった。