泉の恋
鬼ハナとは、谷華子という国語の先生だ。
うっとうしいほどたわわな黒髪を持つ、多分40歳後半で独身。
ついでに学年主任。

まるでソフトクリームのように、長い髪をくるくると巻いて頭の上に束ねているのがトレードマーク。
怒り始めるとネチネチしつこいので、生徒達からは相当嫌われている。

鬼ハナ先生が立ち番のときに遅刻した生徒は、さんざん絞られイヤミを言われ、朝から最悪な気分に叩き落される。

でも、わかっているけど、
私は他の生徒たちのように、さっさと走って校舎に飛び込むことはできなかった。

どうあがいてもタイムアップだ。
やれやれ。
私はため息をついて、のろのろと立ち上がった。
もう諦めるしかない。

私は諦めてもいいことはすぐに諦められる。

いつもより数倍重く感じる手荷物を両手にぶらさげて、右足を引きずりながらようやく校舎の前にたどり着いた。
門はとっくに閉められて、鬼ハナが門の向こう側で仁王立ちしている。

うつむいたまま、私は頭を下げた。
「すみません。遅刻しました」
こういう時は素直が一番。

「大塚さん、またあなたなの?」
呆れ果てた声で鬼ハナが叫ぶ。
今日も見事なソフトクリームが頭にのっかっている。

毎朝どれくらいの時間をかけてセットしてるんだろう。
誰も怖くて聞けない質問が、私の胸に浮かんだ。

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