ばかって言う君が好き。

「倫子?」

「ん?」
 話しかけられたら話しかけられたで、彼が話す内容の見通しがつかず、びくびくしてしまう。

勝手なのは分かっていた、それでも動揺してしまった。私は彼の方を振り向いた。

「今日はカレーじゃなくて、シチューです。」
 そう言う彼は、悪戯がばれてしまった子供がみせるような表情をしていた。

「いいね。」と返事しながらも、心がきゅっとしていた。その場を和ますようなことを言ってくれる、彼のやさしさが心苦しかった。

「味見してもいい?」

「うん、いいよ。」
 お玉で少量すくって、彼はフーフーと冷ましてくれる。

「はい、あーん。」
 無邪気な表情にまた心がきゅっと。

「自分で食べるよ?」

「あーん。」
 断固としてやめない彼に、しぶしぶ口を開ける。

「ん!おいしい!え、すごくおいしい!」

「……」

「上手だね、直人。」
 私は彼からお玉を奪って、もう一回味見をした。

「特訓したんです。」

「…なんでそんなえっへん口調なの?」

「えっへんだもん。」
 顔を見合わせてハハハっと笑う私達。

笑ってる、私達笑ってる。
何もなかったみたいに、元通りに―――。

そうだ、そうだった。
幾度となく喧嘩してきたけど、こうして最後に絶対彼は私を笑わかせてくれて、私はいつもこの人に助けられてきた。

「食べよう、倫子。」

「そうだね。」
 お皿を出して、シチューを盛って、

パセリ買っちゃいましたなんて言って、パラパラとシチューの上に振りかける彼に私はまた微笑む。

美味しいね、おいしいね。
ご飯中は少なめな会話も変わらない。

でも、私達は決まって肩を並べて、どこか幸せを感じる顔をしてて。

「直人、おいしかったありがとう。」

「どういたしまして。」
 ああ、私この人の事大好きだ。

大好き。誰にも渡したくない。この時が終わってほしくない。

だから、だから、私、彼がいなくなってしまうんじゃないかって怖くなって逃げたんだ。

直人を…愛しているから―――

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