【B】きみのとなり
翌朝、ホテルを後にしたアタシたちはF峠にアタシの相棒を取りに戻って、
別々の車でマンションへと戻り、その後は自宅でゆるゆると過ごした。
自宅に帰った途端、兄貴はまたアタシに触れるのをやめた……。
ねぇ、兄貴。
アタシは何時だって兄貴に触れて欲しくてウズウズしてるんだよ。
疲れたのかソファーに座ったまま体を倒して変な態勢で眠っている兄貴に、
そっと毛布をかけながら、兄貴の寝顔を眺めてた。
リビングに居たはずなのに、いつの間にか自分の部屋のベッドで寝かされて目覚めた朝。
すでに目覚めた兄貴が、朝ご飯を作ってくれてた。
「あっ、ごめん。
寝坊しちゃった」
「おぉ、いいぞ。朝ご飯なんざ、起きてる方が作ったらいんだよ。
それより、風邪ひかなかったか?
リビングで寝てただろ」
「寝てただろって、兄貴がソファーで寝てたから」
「ったく、確かにあそこで沈んだオレも悪いが、オレはお前がかけてけくれた毛布があった。
けどお前は何もなかっだろったく、もっと自分も大事にしろって。
お前になんかあったら、オレが……オレが困んだろうが……」
照れくさそうに言って兄貴は、マグカップをアタシの前に置いた。
「今日、オレまた帰り遅くなるからな」
「知ってる。
兄貴のシフトなんて、もうそらで言えるほど暗記してる」
「なら、先に行くぞ」
「うん。行ってらっしゃい」
兄貴を送り出して、兄貴の作った朝食を食べて、
出勤準備をすると、アタシも愛車に乗り込んで鷹宮へと走らせた。
鷹宮の従業員入口からロッカールームへと向かう。
ロッカールームで着替えを済ませると、
今日もいつもの日常が始まる。
するとアタシの前で待っていたかのように手招きする、
鷹宮のラスボスなんて海兄が言ってたらしい水谷総師長。
「おはよう、橘高さん。
少し時間いいかしら?」
そんなきっかけと共に連れられた場所は、
パイプオルガンの音色が静かに響く病院内の教会。
「雨降って地は固まったかしら?」
教会でマリア像を見ながら、
総師長はアタシに話しかける。
「えっ?」
「今日、嵩継君の表情が清々しい顔をしてたのよ。
それに橘高さん、あなたも。
二人でちゃんと乗り越えたのね」
そういって、総師長は柔らかに微笑みながら目の前の像に祈りを捧げた。
像に祈りを捧げたことなんてなかったけど、
見よう見まねでアタシも総師長にならう。
「女はね……ドンと構えていればいいのよ。
何事もどっしりと地面を踏んでね」
そうやってアタシに諭すように話しかけた総師長の言葉と、
昔、亡くなったおばあちゃんが話してた言葉が、
ようやくアタシの中で、消化できた気がした。
そっかぁ~。
女はドンと構えればいんだぁー。
ずっとわだかまって、もやもやが嘘みたいに、
スーッといなくなるのが感じられた。