【B】きみのとなり
女っ気ゼロで悲しいかな過ぎ去った時間だぞ。
そんな、チラ見せに免疫なんてあるかよ。
「おいっ、氷夢華。
オレの部屋に入るときはドアのノックくらいしろ」
「ノック?
別にいいじゃん。
兄貴の裸なんて減るもんじゃないし」
って、おいっ。
サラっと言い返すか?
「はぁ~疲れた……」
思わず零すように呟いた言葉も、アイツの地獄耳はキャッチしていて。
「何? 疲れてるんだったら久しぶりにアタシが兄貴をマッサージしてあげようか?
昔も兄貴の試合の夜は足マッサージしてたよね。
兄貴がマッサージのご褒美にくれたのはアイスクリームだけだったけど」
って……まさか、お前昔のノリで勢いでやろうなんて思ってないよな。
あの頃と今は随分と環境が違うってどうしてわからない?
「あっ、ドライヤーだったな。
氷夢華わかったからちょっと服、マシなもんに着替えてこい」
そう言うと逃げ出すように洗面所へと急いだ。
「えぇーマシな服って、そしたら兄貴が服買ってよ」
服買ってよ……ってどうしてそうなる。
そんなに欲しいならジャージくらい買ってやるよ。
お前はブーイングの嵐で文句ばっかだろうがな。
「ほいっ、ドライヤー。
使い終わったらここに片付けとけ。
このBOXに入れて置いたら、お前もわかりやすいだろ。
んじゃ、オレは寝る。
だからお前もとっとと休め。
部屋の中邪魔しに入ってくんなよ」
きつく氷夢華に言い残して早々に自室に引きこもった。
氷夢華台風って洒落になんねぇだろ。
眠くない体をベッドに横たえてそのまま天井を見上げる。
思い返すのは小っちゃかった氷夢華の姿ばかり。
はぁ、あのガキが……今じゃ、あの通りかよ。
転がったもののトイレに行きたくなって体を起こす。
トイレに近づくと、また……アイツが浴びるシャワーの音が響いてくる。
ヤベっ。
アイツが女だって意識しすぎだろオレ。
アイツは妹だ……アイツはただの妹だ。
自己暗示のように脳内で言葉を繰り返す。
いやっ、このままじゃマズイだろ。
かといってアイツを追い出すなんてことも出来ない。
オレが出るか……。
幸い院長邸の別館の1階は今もオレが自由に使えるように準備してくれている。
そうと決まれば、明日から数日分の着替え鞄に詰めておかないな。
それに鷹宮でもマズいことが起こった。
去年の秋に極道の抗争に巻き込まれて誘拐された勇人は、
無事に帰って来たものの、年末に親友の死を経験した。
俺が氷夢華とF峠で出逢った年の初め、
年末に亡くした親友の弟を、外出していた千尋と勇人が連れて帰ってきた。
その日から、勇人と千尋の歯車は少しずつずれていく。
そして……今朝、出勤したオレの前に勇人の姿はなかった。
院長にもRiz夫人にも勇人の行方はわからなくて、
アイツの生みの親や、入院中のアイツの実の父親の元にも顔を出したが
手がかりは何もなかった。
勇人の行方がわからなくなってピリピリしてる、
あの家に転がり込むってのも気が引けるが……、
こういう時だからこそ、手伝えることもあるだろう。
んで問題はアイツの就職先の斡旋だな。
アイツが働きたいなら、それも世話してやらないとな。
体を預けていたベッドから体を再び起こすと、
携帯電話を取り寄せて鷹宮邸へと電話を掛ける。
2度ほどベルがなった途端にリズ夫人の声が聞こえた。
「もしもし、夜分にすいません。
安田です」
「まぁ、嵩継さん。主人に御用かしら?」
「あっ、はい……あっ、勇人見つかりそうですか?」
そう問いかけた声に夫人は小さく、まだ見つからないわと呟いた。
暫くして院長の声が聞こえる。
「もしもし、嵩継。
こんな時間にどうした?」
「実は院長に無理なお願いしをしたくて夜分にも関わらず、お電話させて頂きました」
そう話を切り出して氷夢華の話を口にした。