【B】きみのとなり


面接が14時だったら、後3時間はある。
お風呂借りて、ちゃんと着替えて行かなきゃ。


兄貴が繋げてくれたチャンス。


採用されれば、アタシは兄貴の傍に居られるんだから。
お風呂のお湯をボタン一つの自動湯はりで入れながら兄貴が居ない家の中を探検。


主不在だからこそ不法侵入できる兄貴のお部屋拝見。


ドキドキと高鳴る鼓動を感じながらドアノブにゆっくりと手をかける。



私の知らない女のピアスが落ちてたら?
髪の毛が落ちてたら?


そんな妄想も浮かべながら、一気にドアを開ける。


ただっ広い部屋の中に、机とベットと本棚があるだけ。



えっ?
マジっ。


想像以上に殺風景な部屋になんか拍子抜けする私。



机の上には、なんか横文字だらけの分厚い本が拡げられていて
ノートに書き殴るようにメモられている汚い文字。



だけどエロ本の一つくらいは枕の下に入ってるかも。


そんなことを想いながら、ベッドの布団をひっぺがえすものの、
そんなもの出て来やしない。



って、兄貴……アンタどんな生活してんのよ。



うちのあのプーでさえ枕の下にエロ本仕込んでるの知ってるんだから、
っと末の弟を思い出す。


兄貴だって、あってもよさそうでしょ。


その証拠を握りしめてアタシは、また兄貴をいじって遊ぶんだから。



兄貴の弱み握ってたいの。
兄貴の全てを知りたいの。



ずっと……探し続けてきたんだから思い続けてきたんだから。




此処まで追いかけたんだから。




再会は神様の悪戯だったのかも知れない。



だけど……ふと兄貴の布団をぐちゃくぢゃにひっぺがえした後、
視線を壁に向けると、その先のクローゼットをゆっくり開く。



そこには兄貴のユニフォーム。
そしてコルクボードに飾られた懐かしい写真。



そのコルクボードには海兄との写真やアタシが知らない人たちと一緒にうつってる写真が沢山ピンで止められてた。


思わず海兄の顔を指先で辿る。
海兄が骨肉腫で亡くなったなんて兄貴があの日、教えてくれたけどまだ信じられない。







氷夢華待ってろ。
俺が嵩継、絶対に見つけ出してやるから







兄貴が行方をくらませた後もそう言って、
何度も何度もアタシの家を訪ねてくれた。


板前になるんだって修行していた高そうな料理屋に、
アタシの手をひいてお店に連れて入ると色鮮やかな料理を注文してアタシを楽しませてくれた。


バカ兄貴が居ない時間も、ちゃんと兄貴を信じて頑張ってこれたのは海兄の存在があったからなのに。


なのに……なんで、そのアンタがもうこの世に居ないのよ。




「バカ……」



海兄の写真を見ながら溢れ出てくる涙を掌でゴシゴシと拭い取る。


目をパチパチさせて涙を止めようと悪あがきをする。
そしてそのまま開いたクローゼットを物色する。



クローゼットの中から出てきたものは至ってシンプル。
無造作に突っ込まれた洋服。




ったく、バカ兄貴。
ちゃんと畳みながら片づけなさいよ。



もうシャツも何も皺皺じゃない。


ワサワサと手を伸ばして、ぐちゃぐちゃの洗濯物を一気に床に落とすと、
テキパキと畳なおしてもう一度クローゼットの中へと戻した。

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