【B】きみのとなり
その場に立ち尽くすアタシ。
アタシは何も言えず、ただ兄貴を黙って見ることしか出来なかった。
「おいっ、氷夢華。
さっきのは何だ?
この病院には集中力がないスタッフは必要ない。
あの検査が一分一秒を争う検査だったらどうするつもりだったんだ?
お前のせいで、患者は一人死んだかも知れない」
何時も乱暴でぶっきらぼうだけど怒ったことがない兄貴が、
トーンを低くしてアタシを責める。
……兄貴じゃないみたいだよ……。
「氷夢華、聞いてんのか」
「聞いてるよ。
兄貴こそ、アタシばっかり責めて信じられないよ。
アタシにこんな思いさせてんの誰よっ!!
兄貴でしょ。
兄貴が帰ってこないからっ」
「おいっ、氷夢華。
仕事中にプライベートは持ち出すな」
「プライベートも何も関係ないよ。
兄貴のせいだよ。
何もかも全部さ」
そう言ったアタシの頬を兄貴がぶって、
そんな兄貴を睨みつけて検査室から飛び出したアタシ。
早々に着替えを済ませると駐車場へと飛び出す。
その途中、誰かに声をかけられたけどアタシは無視して、
相棒に乗り込むと鍵を回してエンジンをかけて、
一気にアクセルを踏み込んで病院の外に飛び出す。
一人で出掛けるカラオケも、流石に一ヶ月もしてたら飽きてきたし、
久しぶりに弥英と華奈子に電話で連絡して久々のF峠。
下りの攻め。
三人で何度も何度も峠を攻め続けて、
その後も居酒屋を何箇所か梯子して明け方近くに帰宅。
誰もいない部屋を何時ものように開ける。
そんな感覚で開いた扉。
えっ、どうして……リビングの扉が開いて嵩兄が姿を見せる。
「氷夢華、こんな時間まで何してた?」
「別に、兄貴には関係ないじゃん。
アタシも、もうガキじゃないんだからさ」
「ガキじゃねぇヤツが無断退勤なんかするかよ」
「五月蝿いっ。
一ヶ月も帰ってこなかったくせに、 たまに帰ってきたら説教かよ。
ウザイよ兄貴。
アタシがこうなったのも今がこうなのも 何もかも兄貴が悪いんだから。
兄貴のせいなんだから……兄貴がアタシを責めたり叱ったりなんて出来ないんだから」
玄関で怒鳴りあって足早にキッチンからビールを取り出してプルタブを引っ張る。
一気に飲もうとしたビールを兄貴が取り上げる。
「何よっ!!」
「明日も仕事だろ。
ったく、飲酒運転しやがって。
すでに飲んで来たんだろうがっ、もうやめとけ」
兄貴を無言で睨むと慌てて自分の部屋へと駆け込む。
そして扉を閉めて扉を背に崩れるように座り込む。
部屋の外では兄貴がアタシの名前を連呼してる。
それを全て無視してアタシは壁に持たれかかったまま、
鞄の中からMP3プレーヤーを取り出してイヤホンを耳に差し込んで再生。
最低だよ、兄貴。
何で……気がつかないんだよ。
アタシの気持ちにさ。
兄貴なんて……兄貴なんて最低だよ。