【B】きみのとなり



冷たい夜風に体を震えはじめるのを感じるとオレは慌てて院内へと戻った。


あったかいコーヒーでも飲まねぇとな。



医局に戻ったオレの机には、紙袋に入ったお弁当箱が用意されている。
覗き込むと、中には手作りの弁当がハンカチに包まれてはいっていた。







嵩継くん


千尋君や勇ちゃんの為にいろいろと尽力してくれて有難う。


久しぶりにお弁当を作ってきたのよ。
しっかりと食べるのよ。



水谷





カードに記載されたメッセージ。



母親みたいに総師長の気遣いに感謝しながら、
用意された夜食を平らげて、あったかいコーヒーを飲んで胃袋を満たす。




「安田先生、お願いします。
 神島【かみしま】先生が患者さんと衝突してしまって」


突然、医局にかかってきたヘルプに慌てて処置室へと駆け込む。




神島と言うのは年始から多久馬総合病院より派遣された、精神科医・神島透真【かみしま とうま】のこと。


勇人や由貴の前に精神科を先駆けて、雄矢先生が親友の病院に要請して送られてきたそいつは、
代議士先生のお坊ちゃまとやらで、仕事は話にならんが態度だけはデカイと言う曲者。

コイツが、また問題児でスタッフと会えば揉め事は起こす。
患者と会えば、今回みたいに患者を怒らせる。


勿論、氷夢華もまたこのバカとしょっちゅう衝突しやがって、そんな情報もオレの耳を刺激する。



ただでさえ、いっぱいいっぱいの現状で今度は元々体が弱かった千尋がぶっ倒れてもっとシフトがいっぱいいっぱいになった。


残されたスタッフと院長を中心に話し合って、
今は千尋にも休息が必要だと結論付けた。


こんな状況下で現場に出ても何も解決しない。

それは院長にオレ自身もして貰ったし、ここにいる奴は、それぞれにその恩恵を受けて成長している。


ある意味、院長がずっと大事にしてきた『鷹宮の心』。
それは昔から此処で働く存在の殆どが感じ取っていたから。



誰かを補うためのシフトは、院長も率先して入ってきた。

だけどオレ自身は院長の心労をはかると無理はして欲しくなくて、
その分、院長のシフトを若さで肩代りするように増やしてきた。



それは問答無用でマンションに帰ることなど出来るはずもなく、
当然、氷夢華のことを考える時間すらない。





あのガキ……っ。
オレの方の身にもなれって。



『嵩継、頼りにしてるぞ』





雄矢先生の存在が、今のオレを医者にしてくれた。


海斗との関係に見失って荒れたオレを黙って見守り続けてくれた深い懐。
乗り越えることのできたアイツの死。


だからこそ感謝を込めて院長の思いに答えたい。
そんな雄矢医師に恩返しがしたい。

その思いだけが今のオレを支え奮い立たせていた。

限界の状況下、誰もが不安を感じる思いのなかで。




神様、今暫くオレに力をください。



氷夢華……悪い、もう少し時間をくれ。
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