【B】きみのとなり
「行ってきます」
誰も居ない部屋に向かって声を出すと玄関の扉をガチャリと閉じて駐車場へと向かった。
駐車場にはアタシの相棒。
ライトチューンをしたスーパーレッドのMR-S。
すかさず車に乗り込むと高速を飛ばして、
ちょっと遠くのアウトレットモールまで足を延ばす。
寮を出て運転し続けて二時間くらいのところにある、
そのショッピングモールでウィンドウショッピング。
見てたら見てたで、欲しくなってストレスたまるって言うのもあるんだけど車の維持費用にもお金がかかるから、そこは我慢。
ぶらぶらとショッピングモールを散策し始めて30分。
お気に入りのクロワッサンのチェーン店で軽く10時のおやつ。
甘いものが美味しい。
時間は10時半を少しまわったところ。
その時、携帯の着メロが鳴り響く。
着信相手は高校の頃からの親友、華奈子【かなこ】。
「はーい、氷夢華。
今から、いつもの場所集合するんだけど暇してたら来ない?
今日は仕事もオフなんでしょ?
退屈してんなら行こうよ」
「あっ、行く行く。
ちょっち今、出先なんだよね。
1時間くらいで行けるようにするからさ、アタシの席確保しといてよ」
「OK。じゃ、うちら先に行っとくから。
気合入れてきなよ」
華奈子【かなこ】と、もう一人の親友・弥英【やえ】に何時もの暇つぶしの誘いを受けて、
買えもしない服を見ることにも飽きてきた私はクロワッサンとコーヒーを食べきってアウトレットモールを飛び出した。
屋上の駐車場の中央スペースに停めてあった愛車に乗り込んでイグニッションキーをまわす。
心地よい振動が車全体に伝わる。
アクセルを数回ふかして相棒の調子を確認してアクセルを踏み込む。
屋上である五階から国道入口まで降りると左ウィンカーを出して一気に加速させる。
アタシ、橘高氷夢華【きつたか ひむか】。
オトンはコンピューター会社に勤めるサラリーマン。
オカンは元保育士。
二人いる弟の上の方は介護福祉士に成り立ての新米社会人。
下の弟は今も働かずパラサイト。
後、オトンの方のばあちゃんと私の五人家族。
ちなみに出来る女は自立しないとって言うのがモットーのアタシは大学卒業と同時に独立。
生意気腐った医者たちのご機嫌とりながら、
こうやって走って適度にストレスを発散させる日々を送る真面目な社会人。
って、自分で言うなって感じかっ。
車内のフロントガラス越しから見る前の車に少しイライラを募らせる。
あぁ~っ、前の車何トロトロ走ってんだよ。
法定速度そんなにきっかり守らなくてもいいじゃん。
邪魔なんだよ。
この車に乗ってスピードを加速している間はストレスから解放されるんだから。
左右の道路の車の合間を縫うようにスピードを加速させながら目的の場所へと向かう。
あっ、もうすぐ入口になるね。
料金所の標識を確認して自分の中のちょっとしたゲームを開始。
ETCゲートイン・クリア・GOっ!!。
料金所を通過した途端に運転席の左側に設置しているタイマーに目を向けてほぼ同時にアクセルを全開させる。
車内に響く軽快なサウンドが次から次へとアタシをヒートアップさせて行く。
ハンドルから伝わる重力の抵抗を感じながら相棒を加速させ続けて20分と少し。
料金所のゲートに並びながら思わずハンドルに八つ当たり。
自己ベスト更新出来なかったかっ。
まっ、法定速度守ってちんたら走ってたら30分くらいかかるところなんだけどね。
仕方ないか。
アタシの車……峠仕様だし。
料金所の出口をクリアすると待ち合わせのF峠に向かってまたアクセルを踏み込む。
峠を五分の四くらい登った地点で、車が何台か停車してヤジ馬が並んでる?
無視して通り過ぎるにはギャラリーが邪魔すぎだよ。
アタシも諦めて相棒を近くに駐車させ、その輪のほうへと歩いていく。
『おいっ、救急車まだかっ』