【B】きみのとなり



レントゲンくらい自分で普通とれるだろっ。


ここの病院のドクターたちでレントゲン如きで
アタシを呼び出して命令するヤツはいないって。



お前くらいだよっ、神島っ!!




「って言うかアンタ、それが人に物を頼む態度?
 アタシ、まだ勤務時間外。

 それにこの病院じゃ、日勤スタッフの勤務時間外に、
 レントゲンくらいでアタシら技師に仕事を押し付けるのはアンタくらいだよ。

 何処の病院から来たのかアタシにはわかんないけど、
 そんなんで良く医者やってられんねー。

 けど先生様なんて、この病院には要らないんだよ。
 患者にとっても迷惑だからさ。

 何も出来ないなら医者なんてやってんじゃないよ。
 コロナリとかだったらともかく足のレントゲンとかでアタシに命令なんかすんじゃないよ。


 アタシたちも忙しいんだっ!!」


こいつが鷹宮に来て一ヶ月近く。

いい加減に我慢するにも限界があったアタシは開業時間前の病院でバトル。



「何をしてる?
 氷夢華、神島医師」




その現場に嵩兄が乗り込んでくる。



クソっ兄貴。
何で……こんな時ばっか出てくんのよ。



「安田先生、何でもありませんよ。
僕は技師の橘高にERに運び込まれている患者のX-Pを依頼しに来たところです。

すると橘高さんに怒鳴られてしまって……ERに戻ります」


「神島先生レントゲン、オレ入りますよ。
先に検査室患者連れて行ってください」



嵩兄は神島にそう声をかけるとアタシに向き直る。



「氷夢華っ、どうして頼まれた仕事をしない。
 お前は技師だろっ」


「五月蝿いよっ。
 勤務前なんだからどうだっていいでしょ?

 それに嵩兄にはアタシなんてどうでもいいんだろ。

 だったらアタシが何処で何しようが、
 病院で誰と問題起こそうが関係ないでしょっ」



そう言ったアタシの頬を嵩兄は思いっきり叩いた。
嵩兄が叩いた音が院内の廊下に響き渡る。



「何すんのよっ。
 嵩兄っ、アンタ……アタシを叩けば解決するとでも思ってるわけ?
 
 誰のせいでこうなってんのよ。
 全部、兄貴のせいだよ。
 嵩兄が悪いんだからね。

 それに何よ。
 兄貴が働いてた病院だから兄貴が選んだ病院だから、
 アタシも信用して就職希望したのに。

 嵩兄は仕事ばっかで帰ってこない。
 ブラックもブラックじゃない?

 それに……この病院なんでしょ。

 海兄が飛び降りたの。
 そんな病院になんで兄貴は今もいるのよっ」


私の視界に飛び込む再度振り上げる兄貴の手。
兄貴に叩かれるのを覚悟して目を閉じるアタシ。

だけど兄貴の手はアタシの頬をぶたなかった。
ゆっくりと恐々に目を開くと兄貴の振り上げた腕を握っている女の人が映る。


「安田先生、何してるんですかっ?

 神島先生と患者さんが検査室でお待ちですよ。
 はい、お仕事お仕事」



「すいません、総師長。すぐに行きます。

 氷夢華、また話す。
 お前も仕事に戻れよ」



兄貴はその人に一礼して早々に走っていく。


アタシも医局に向かおうと足を進めはじめると、
その人に呼び止められた。



「橘高さん、科の方には私が連絡しておきます。
少し私の部屋でお茶でもどうかしら?」



その人の口調が断ることを許さないような強い力のある口調だったのでアタシは、
渋々同意して総師長室へと招かれる。


総師長はアタシをソファーに座らせると緑茶を湯飲みに入れてテーブルに二つ置く。


水谷総師長とは、この病院の面接の時にあってる。


その後も病院内で擦れ違って挨拶をすることはあったけど、
こうやって本格的に話すことは初めて。



「橘高さんには苦労ばかりかけてるわね。
 嵩継君も率先して仕事を手伝ってくれるから」

「……」



私は何も答えず、うつむいたまま唇を噛みしめる。



「少し私の話を聞いてくれるかしら?」


そう言ってアタシの向かい側に腰を下ろした総師長は、
ゆっくりと私にわかりやすいように話し始めた。



総師長の水谷さんは嵩兄が就職する前から、この鷹宮に勤めているということ。
 
私の面接の時に隣に居た、
ここの病院長である鷹宮雄矢って言う人に想いを寄せているということ。


子宮の病気を抱えて倒れて運ばれた時で助けてくれたのが鷹宮院長。


絶望を感じていた総師長の心を助けてくれたのが院長で、
院長の優しさに触れる度に、何時しか惹かれているのに気がついた。


だけど院長には奥さんも家族もいる。



だから水谷さんは医療の現場での奥さんとして、
本妻の奥さんに認られて傍で支えられるように、
この病院と院長の為に頑張ってきたらしい。
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