【B】きみのとなり
交通事故による頭部挫傷の疑いがある患者と心停止の患者が二台到着します。
急変患者の対応に追われて人数が足りません」
看護師が医局に飛び込んでくる。
「俺、頭部挫傷の方行きます」
「僕も手伝うよ。知成」
若杉と蓮井が早々に医局を飛び出していく。
「早城っ!!」
「わかってます」
「安田さん、私も行きます」
「氷室は次に備えてくれ。
こう言う時に限ってホットラインは止まらん」
「はい」
悪いな、氷室……妃彩ちゃんのところに帰してやれなくて。
一瞬、氷室と共に生活している元ケアセンターに入居していた、
車椅子の少女・春宮妃彩【はるみや ひめあ】を思い浮かべる。
徐々に鷹宮へと近づいてくるサイレンの音が聴覚を刺激する。
オレも慌てて準備を整えて医局を飛び出す。
「嵩継さん、俺だけでいいですよ」
「バカ言えっ。オレも行く」
「そうですか」
早城も後を追いかけるように医局を飛び出し俺を追い抜いて早々に処置室に入る。
すでに先に到着した頭部挫傷の患者の処置は聖也さんと若杉たちの手によって始められている。
続いて到着した患者の移送用担架が救急車より運び出されると
早城は素早く乗っかって心マ【心臓マッサージ】を交代して引き継ぐ。
看護師たちも相手が早城と知ってか、いつも以上に神経を張り巡らせているようだ。
コイツと来たら使い物にならんと一度判断すると、それ以降は相手にしなくなるからなぁ。
「嵩継君、今日も帰ってなかったのね」
飛翔のサポートに入ろうとしたオレに背後から聞きなれた声がかかる。
「総師長こそ」
「早城先生一人でも大丈夫そうね。
春はどうなるかと心配したけど、研修の遅れも取り戻して今では少しずつ頭角を見せてきたわね」
「まだまだですよ。
アイツは……」
「雄矢先生に比べたら?それとも嵩継君に比べたら?」
総師長は処置中の早城たちを見つめながら呟く。
「今回は早城先生に任せて少し私の部屋にいらっしゃいな」
総師長はオレの返事を聞くまでもなく、
近くにいた看護師にオレと自分の所在地を告げて総師長室に向かう。
何時まで経っても叶わんなぁ。
雄矢先生と同じ魅力を感じるこの人には……。
早城の声が響く処置室に背を向けて、
オレは総師長室へと向かう。
部屋の明かりをつけて水谷さんがすすめるままにソファーに腰を下ろす。
オレの体重を受けて革張りのソファーがズシリと沈み込む。
「嵩継君、少しは休んでるの?」
「休んでますよ。
時間を見つけて」
「自宅には?」
「そこまでは……」
「……そう……」
緑茶を入れながらオレに話かける水谷さん。
オレが、この病院で逆らえないリストNO.1を誇るこの水谷さんとは、
研修医の頃からの付き合いである意味、この病院に来てからの母親的存在。
この人に何かを言われるとお袋に説教されてるみたいで懐かしい。
「はい、どうぞ」
コトンっと音を立ててテーブルに置かれる湯呑み。
何時からか、この部屋に常備されてるオレ専用の湯呑みだ。
いびつな形がアジを醸し出す、この湯呑は水谷さんがはじめて作った手作りだ
湯呑みに入れられたお茶を少し口に含むと、ホッとした。