【B】きみのとなり


それとも病院?
またどっかで倒れたか?


不安だけが募る。


途端に家の電話が着信を告げる。


「おいっ、氷夢華か?」


先方を確認する間もなく受話器を掴んで開口一番。


「嵩継くん水谷です。橘高さん居ないのね」


「はい。アイツの部屋にも居なくて……」


「今、千尋君がそちらに行きました。
 まだ何処にも行かないで。いいわね」


そうこうしてるうちに自宅のチャイムが鳴る。


「到着したみたいね。
 嵩継くん、幸運を」



総師長の電話が突然切れる。

オレは慌てて玄関へと向かい扉を開ける。



「嵩継さん、すいません。
 僕、自分のことしか見えてなくて。

 全部、僕が原因です。
 先程、父の元に橘高さんがいらして退職願をお預かりしました。

 彼女は二月下旬に一度退職願を父に渡そうとしていたようですが、
 水谷さんが保留にしていたようです。

 父とも話し合いましたが、今は受理はしないと言うことで落ち着きました。
 これは嵩継さんにお預けします。

 それは病院長である父の判断です。
 それを伝える為にお邪魔しました」
 
 
思い詰めた表情で玄関に立っている千尋君の手から、
氷夢華が少し前まで手にしていた退職願を受けとる。


少し丸みのある見慣れた癖のある字が視界に飛び込む。



オレは問答無用で、それを千尋君の目の前で破り捨てる。



「いいだろう?」

「えぇ」


千尋君に同意を求めるように問いかけると、
彼は笑みと共に静かに頷いて向きなおる。


「嵩継さん彼女は優秀な戦力です。
 是非うちに連れ戻してきてくださいね」

「あぁ」

「後、早城に先日倒れたことも聞きました。
 今日も体調が良い状態とは言えないみたいです。

 呼び止めてもふっきって出て行ってしまわれましたので
 何も処置出来てません。

 もし緊急事態がおこっても対応出来るように鷹宮は準備しておきます。
 すぐに連絡ください」


「あぁ」


玄関の鍵閉めもままならぬままオレはポケットに手を突っ込んでMクーペの鍵を握り締めると、
急いで地下駐車場に戻る。



愛車に乗り込むと急いで車を発進させた。



アイツと再会したF峠へ。
何となく、そこにアイツは今もいるような気がした。



確かな情報ではなく、あくまで直感だったが図太くても多少強引でも堂々と隣でいりゃいいだろうがっ。




待ってろよ、氷夢華。
無茶すんじゃねぇぞ、ガキっ。
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