【B】きみのとなり


アタシは会話を遮るようにしてソファーから立ち上がると、
鞄のなかに片付けていた退職願を掴んで両手を添えてテーブルの上に置く。


そして一礼して部屋を飛び出した。


途中、何かをいってた誰かの声が聞こえた気がしたけど、
立ち止まることなんてしなかった。



少しでも早く、この場所を立ち去りたかったから。



嵩兄に今、呼び止められたらそれこそ、
何もかもが砕けてしまいそうで怖かった。


吐き気を堪えながら一気に院内を飛び出すと、
駐車場まで一気に走って滑り込むように相棒に乗り込む。


込上げる胃液の苦さに必死に耐えながら、
エンジンをかけると一気に病院の駐車場から離れる。


行き先なんて何処にもなくて途中、何度も相棒を停車させて嘔吐を繰り返しながら、
目的の場所まで向かう。


今のアタシが行ける場所なんて何処にもなくて今日もF峠に向かうしかみつからない。



どれだけ嵩兄から離れようとしても離れられなくて、
苦しくなり続ける。


どうにかこうにかF峠に辿り着いた時にはお日様は高くなってた。



どうしよう……これから、どうしたらいいんだよ。
相棒を降りた峠の展望スポット。


峠下の町並みを一望できるその場所で思い出すのは久々に再会した嵩兄との時間。


あれは神様の気まぐれ?
それとも悪戯?


今となっては何でもいいや。


展望スポットから町並みを一望しながら、
ここに来るまでに近くの自販機で購入した発泡酒の缶のプルタブをくいっと開ける。


対してキツクないけど独特の匂いが鼻につく。


その途端に、込上げるものを押さえ込むように、
一気に胃の中に流し込むが見事に受付拒否したそれは嘔吐するしかなくて。



それに追い討ちをかけるように激痛が走る。
刺し込むような感覚。




「何よっ。
 もうアンタですらアタシの話相手にはなってくれないの?」



声にならない声で微かに呟く。


最悪のコンディション。
体を引きずるように、やや前のめりの体制になりながら相棒の元へ辿り着く。

アタシの居場所は此処だけかよ、情けないなぁー。
暫く背もたれに体を預けるように目を閉じる。


どうなってもいいや。
嵩兄がアタシを見てくれない世界なんて。




そう……どうなってもいいや。




暫く閉じていた目を開くとアタシは車のエンジンをかける。
途端に伝わる振動を体全体で感じながらハンドルにゆっくりと手を伸ばす。


サイドブレーキを解除してアクセルをゆっくりと踏み込む。
走り慣れているこの場所を今は限界まで走りたかった。


それで、終わったとしても……それだけだったんだよ……アタシなんて。


F峠スタートライン。
その場所に差し掛かると同時にアクセルをベタ踏みに切り替える。


加速されていくスピードに助けられるように突っ込みながらカーブを次から次へとクリアしていく。

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