【B】きみのとなり

そこには随分、心配をかけちゃったのか憔悴しきった嵩兄の姿があった。


ソファーで眠ってた嵩兄は今は白衣は身に着けてない。



……嵩兄……。



アタシの髪に触れるその腕にゆっくりとアタシの腕を絡ませて温もりを感じる。



「まだ痛むか?」


「ううん。今は平気」

「薬切れたら、また痛み出すぞ」


兄貴は、そう言いながらアタシの状態を確認していく。



「嵩兄……此処何処?
 何で嵩兄が此処にいるの?」



その質問に兄貴は答えてくれた。



この場所はあの日アタシがサヨナラしたはずの場所、鷹宮総合病院の特別室。


あの日、院長の息子にアタシの話をきいて、
仕事が終わって久々に帰宅した家を飛び出してアタシを探しに出てくれた。


兄貴もF峠に来てくれて、
そこで死神の囁きをきいちゃったアタシの車を見つけた。


対向車との接触事故を起こしたって思ってたのは
アタシの勘違いで、別に対向車なんてなかったみたい。


うまくハンドル切ったときに回避することが出来てたみたい。
だけどハンドルを切りすぎて自損事故。


まっ、ガードレール突き破って落ちるよりはマシだけど……何だかなー。


事故車両のアタシの車見つけたときは、びっくりしたって言ってた。


アタシ……吐血しちゃってて、
かなり血が流れ出ちゃってた後だったらしくて。


兄貴的には血の色が黒味がかってたから、
事故の時の衝撃で消化器官から出血してるのかってかなり焦ったみたい。


慌てて各務の看護師してるF市民に運んで軽く処置して、
手配されていたヘリで、その後こっちの鷹宮に移されたらしい。


何でも、こっちではこうなるのを考慮して、
先に受け入れ態勢整えられてたってんだから癪に障る。


何かアタシが倒れるの、これじゃ待ってたみたいじゃん。




「氷夢華。

 てめぇ……この一週間休んでるはずじゃなかったか?
 自宅療養だったよなー。

 検査室で倒れてから」



……マズイ……。



「今回の出血な原因は潰瘍な。
 事故じゃなくて。氷夢華の不摂生の代償な。

 暫く入院決定だからな。
 大人しくしてろよ」

「って、アルコールは?」

「却下」

「珈琲は?」

「それも却下」

「だったらアタシ何食べるんだよ」

「自業自得だ。
 まっ、とりあえず暫くは無理だな。

 回復してきたら、ゆっくりと食わせてやるよ。
 その時はオレがなんか作ってやっから今は我慢な。

 ちなみにお前、この部屋から外室禁止。

 何かあったらオレに言え。
 但し、オレが仕事で手が離せないときは水谷さんが代わりしてくれっから」


「ふぇーーーっ。
 それって嵩兄、拷問じゃん」


「とりあえず退院前にまだ検査残ってっからな。

 いっそのこと……徹底的にすっか。
 お前、無茶苦茶な生活してたっぽいからなー」



病室って言うのがシチュエーション的に微妙だけど、
久々に交わした懐かしい感覚。


そして暫く続いた沈黙の時間。




「悪かったな氷夢華、気づいてやれなくて」



兄貴が呟いた。
ウルっと毀れそうになった涙を見せまいと憎まれ口をたたく。



「そうだよっ!!
 全部、兄貴が悪いっ!!」


「はいはい。
 全部、オレが悪いんだよな」


「そうだよっ!!」

「氷夢華はオレの傍にいりゃいいだろう。

 お前だったら海斗も許してくれるだろうしな。

 帰って来いよ。マンションに。
 お前の部屋も準備しといてやっから。
 何もかもな」


「……嵩兄……」

「まっ、お前が動けるようになったら氷夢華んちの両親に会いに行くよ。
 だから今は寝てなっ」



……嵩兄……。
アタシ、あの場所に戻ってもいいの?


嵩兄の傍をアタシの居場所にしてもいいの?



ずっと無理だって思ってた三ヶ月、兄貴はアタシを一度も見てくれなかったから。



何でだろ視界が滲んでるよ。
生温かい雫が枕に流れ落ちる。


その雫を指先で兄貴がゆっくりと拭い去る。


「氷夢華、体調戻ったら此処に戻って来いよ」


兄貴が紡ぐ。


「アタシ辞めたんだ。
 この病院……だから」


「別におまえは退職なんかしてないぜ。

 院長からお前の退職願は受け取ってその場で破り捨てたしな。
 雄矢先生も水谷さんも、そんなもの受け取ってないってさ」




嘘っ……、
まだ兄貴の傍に居てもいいの?

職場でも自宅でも兄貴を感じてていいの?



一番近くで。



「氷夢華、とりあえずとっとと回復しろ。
 優秀な技師がいねえと出来る仕事もできねぇだろ」



……兄貴……。




とめどなく溢れ続ける雫は兄貴の暖かさに似て。




「兄貴……」

「仕方ねぇなっ。

 半ば強引にオフもぎとったから今日はずっと傍に居てやるよ。
 オレの我侭なお姫様のところにな」



兄貴は、そう言いながらベッドで横たわるアタシを抱きしめた。


それは恋人同士のそれと言うにはあまりにも違いすぎたものだったけど、
それでも今はいいんだ。


兄貴が……兄貴がアタシを認めてくれて、
兄貴がアタシに居場所をくれたから。



だから今はそれでいい。


アタシの中に芽生えた、
兄貴との新しい種を今は大切に育てて生きたい。



何時か……兄貴のことを名前で呼び合えるそんな関係に辿り着くまで。



だから……今はこの種を大切に育てよう。
未来へと繋がる……この、ほんの小さな種子を



……兄貴……やっぱり兄貴は最高だね。
アタシが欲しいものをくれる。





大好きだよ。
何時かまた声にするからさ。



その時は……名前で呼んでもいい?
……嵩継……ってさ。

< 47 / 149 >

この作品をシェア

pagetop