【B】きみのとなり


心筋梗塞は冠動脈が突然閉塞して血液が供給されないために心筋が壊死する病気。
動脈硬化で狭くなった部分に血液の固まりの血栓が出来て血管を閉塞しちゃって起こるわけで、
閉塞した血管が早期に再開通してくれれば心筋の障害は軽くすみむし、
カテーテルを用いて治療すれば95%以上で血流を再開させることが出来る。



さっき兄貴が言ったコロナリって言うのは冠造影のことで、
鎖骨下の血管から心臓の冠状動脈に造影剤を入れてX線撮影する検査。

それでとりあえず状況を調べて、マズかったら治療的介入【インターベンション】に突入。


こっちの方は心カテ。
それでバルーンで広げるか血栓を溶かす薬入れるか医師たちが判断する。


そんなことアタシがさせないよ。



「各務、誰か忘れてない?
ここに居るじゃん、優秀なアタシが。

 手伝ってやるよ。
 案内して。

コロナリの準備でいんでしょ?
 状況によっては心カテ?」

「あぁ。そうなる。つけるか?」

「任せてよ。経験豊富だよ、アタシ。
 いい写真一発でとったげるから」

「頼もしいな。すぐに行く」

「OK」



そう言いながら血液検査の結果を手にした看護師から
用紙を奪い取って状況を把握していく兄貴を背中にしてアタシはアタシの持ち場に向かう。


コロナリの仕度を整えた頃、兄貴たちが患者を連れて入ってくる。


兄貴が欲しがるデーターである責任血管を的確に、
ピンポイントでショットして至急に現像させてシャーカステンへ。


兄貴はすぐさま、アタシが提供したデーターを目にすると『心カテ準備』っと素早く声をかけていく。

途端にアタシたちも手術着に着替えて、その上からX線の防御被爆装備をつける。


これが重いの何のって。

そうこう言ってる間に準備が整って嵩兄は上腕の血管から直径数ミリの管を挿入させてX線透視で確認しながら、
冠状動脈へと送り込んでいく。


そしてファイバースコープで血管内の具体的な状態を把握しつつバルーンで狭くなった血管を広げる。


アタシの役割はカテ-テルを操る兄貴が仕事しやすいようにX線照射角度を兄貴の指示通りにコントロールしていくこと。


兄貴にとってはアタシが捉える透視画像が頼りなわけだから……こっちも頑張るってもんよっ。


コロナリから心カテへと繋げ、一気にバルーンで責任部位の血管を広げて血流を再開させると、
「このまま様子を見る」っと声に出して思わずもれる安堵の溜息。




……やるじゃん、兄貴……。




搬送から処置完了まで阿吽の呼吸で退治したアタシは、
患者が移動するのを見送って着替えを済ませる。



着替えを済ませて患者が移されたICUの方へ向かう。



「氷夢華、お疲れ様。助かったわ」

「別に……まぁ、あの親父助かって良かったじゃん。
 運がいい親父だよ」

「ふふっ。後、あの医師も凄いよね。

 うちの医師、あんなに早く心カテ出来ないよ。
 心カテ出来る医師、一人しかいないのに」

「アイツは?」

「院長先生と話してると思うわ。
 先程、お見えになられたのよ」

「そっ。ちょっと、珈琲メーカー借りてもいい?」

「えぇ。けど……豆……」

「平気。豆はあるからさ。
 何時も持ち歩いてんのよ」

「なら使って」


各務の断りを得てアイツの好きなブレンドで
珈琲を入れてやる。



これで……思い出せよ……。





……兄貴……。






アタシの名前も記憶も想い出も全部。


アタシがコレを入れてやるのは、
兄貴と海兄だけなんだからなっ。
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