【B】きみのとなり
兄貴は昨日アタシが買ってきた服を着て、
すでにソファーに座ってた。
「お待たせ。兄貴」
「おぉ、時間かかったなぁー。
氷夢華ぁ」
はっ?
言うのはそれだけ?
似合ってるなぁーっとか可愛いなぁっとか?
そう言う言葉はないのか…兄貴は?
ったく。
怒る心を抑えつつムースを片手に寝癖だらけの兄貴の髪型をセット。
あのさ……デカイ子供じゃないんだから。
仕事になったら手厳しいのにプライベートは兄貴、
だらしなさすぎだよ。
こんな兄貴のところ、アタシじゃないと誰も来てくれないよ……。
マジっ。
「ほらっ。兄貴、寝癖のまんまでオトンに会う気?」
「いやっ。髪型って……オレ、わかんねぇし。
お前みたいにファッション明るくねぇし。
シャツとGパン・トレーナー。
スーツ一着ありゃ何とかなったし……」
「まぁ、似合ってんじゃん。
さっすが、アタシ」
「おぉ、鏡みたら、いつもと違うオレがいた」
兄貴が照れ臭そうに笑う。
「氷夢華……お前……そんな格好もすんだな。
その……にっ似合ってんぞ」
えっ?
今、何ていった?
兄貴?
……嬉しい……。
「あったりまえじゃん。
兄貴と違ってアタシはどんなファションも似合うんだから」
あはは。
また……可愛げない一言返しちゃった。
嬉しいのに素直に言えない。
「さて行くか」
「うん」
兄貴が真剣な表情に変わって出掛ける合図を始める。
兄貴の腕に両手を巻きつけて隣に寄り添うと
静かにマンションを出て行った。
夜に帰ってきた時には親にも公認で正々堂々と帰ってこれるね。
地下の駐車場まで一気にエレベーターで降りると
プライベート用のシルエイティに乗り込む。
アタシも助手席に滑り込んだ。
☆
9:45分実家到着。
兄貴は久々の故郷を考え深く見つめる。
自宅の隣。
もう更地になってしまったあの場所に、
兄貴の想い出がいっぱい詰まった家が建ってた。
耐震性が伴わないからって家を取り壊したのが3年前だったかな。
何も言わずに黙ってその場所を見つめる兄貴の手をギュット握りしめる。
大丈夫……兄貴にはアタシがいるよ。
今は二人だけだけど、ちゃんと家族作ろう。
兄貴がいっぱい笑えるように家族……作ろうよ……。
ふいに実家の玄関が開いた。
「あらっ。
氷夢華帰ってきてるんだったらいいなさいよ」
オカンが玄関から階段を下りて駐車場スペースに
ゆっくりと近づいてくる。
兄貴がオカンの方に体を向けてゆっくりとお辞儀した。
「まぁ……お父さん、お父さん早く。
早く出てきて……氷夢華が氷夢華が……」
振り返って大声でオトンを呼び寄せる。
あのさぁー。
他に…やりようがないの?ウチの親は。
「おぉ。母さん、どうした?氷夢華が……」
そう言いながら玄関から顔を出したオトンと
オカンが…「「嵩継君」」って言ったのと兄貴が「ご無沙汰しています」って
言ったのがほぼ同時。
どんだけハモッてんの。
「まぁ、嵩継くん逞しくなって元気してるの?
体、壊してない?
ちゃんとご飯食べてる?」
おいおいっ。
オカン、お前は兄貴の親かよ。
まぁ、親になちゃうんだけど……。
「嵩継くん、よく来てくれた。
立話もなんだ。家の中に入ってくれ」
「そうよ。
氷夢華、嵩継君が来るなら来るって
そういってくれたら良かったじゃない?」
アタシのせいかよ。
溜息一つついて慌ただしく兄貴と一緒に実家へと入っていく。
帰ってきたの、久しぶりだぁー。
ふと実家の柱。
兄貴と海兄、アタシの身長の印を削った宝物の柱に手を触れる。
「おぉ。氷夢華懐かしいな」
兄貴が目を細めながら立ち止まる。
兄貴のエターナルベンダント。
その人の生きた証がこの柱には残ってる。
そのペンダントの方に手を添える。
その上から、アタシも手を重ねた。
もう一人じゃないから。