【B】きみのとなり

「ほらっ、買い物はいいのか?
 服、少しくらいなら買ってやるよ」

「えっ?いいの?
 んじゃ、探しちゃおう」


そう言うと、次から次へと入っていくのはメンズ服売り場。


アイツはメンズ売り場に片っ端から入っては、
服を手にしてはオレの体にあてていく。


アイツが見立てた服で、随分とクローゼットは豊かになり、
お役御免になった、よれよれの服もアイツは捨ててくれた。

服なんざ仕事に来ていく服さえ、ちゃんとあったら家では何着てようが構わないと思ってたんだが、
アイツは家に居る時も、「誰に貸しても恥ずかしくない服をちゃんと着ろ」っとオレに言い切った。



そして今日もアイツが見立てた服が新たに増えていく。


自分で購入しようとしたら氷夢華が先に支払ってしまって、
アイツに買わせてしまった紙袋を、アイツはオレに手渡した。



「はいっ。兄貴の服探し完了。
 クリアランスセールも始まってたからお買い得だったね。

 さて、んじゃ兄貴にもアタシの服買ってもらうんだから。
 うんと高いの探そー」


そんなことを言いながら、今度はレディース服コーナーを次から次へと行きながらも
良心的な価格の服を手にしては、着替えてファッションショー。

何着も試着してはオレにその姿を披露して、
オレにも感想を求めながら服を選んだ。


アイツが選んだ服とは別に一枚、気になった服を紛れ込ませてレジで会計を済ませる。


その後も、ウィンドウショッピングを続けながら時間を楽しんだ。




ふと雑貨屋の前で、「嵩継君」とオレの名を呼ぶ声が聞こえた。



突然呼ばれた名前に、オレは記憶を辿っていく。

そいつの名は、時任夏海【ときとう なつみ】。
医大時代の同期生の一人だった。

そして、オレが系列病院から締め出されたきっかけに関わる存在。



「おぉ、時任さん」

「良かったぁ。嵩継君、元気そうで」

「あぁ、ボチボチやってるよ」

「ずっと謝りたかったの。J医系列に居られなくなったの、私の責任でしょ。
 うちにも来てもらいたかったけど、うちもJ医で難しかったし……、
 それに……もう病院もなくなっちゃった……から」



そう言うと、時任は何かあったらしく首をもたげて黙ってしまう。


「教授のことは気に病むことはねぇって。
 オレも今はうまくやってる。
 鷹宮総合病院ってわかるか?」

「えぇ」

「そこの病院長に拾われて、世話になってるから気にすんなって」

そうやって声をかけると、時任は驚いたように顔を上げた。



「鷹宮?鷹宮総合病院?嵩継君、そこのドクターなの?」

「あぁ」

「私……来週、父の転院で尋ねることになってたの。
 すい臓がんの末期で手遅れ。

 父の病院は乗っ取られちゃって経営権が離れて、
 それでも頼み込んでおいてもらってたんだけど、
 治る見込みがなくなってもう終末期。

 そこの人が鷹宮のケアセンターだったかしら?紹介してくれて……」



時任と会話してる傍で、雑貨屋から戻ってきた氷夢華がご機嫌を損ねていくのが
感じられる。


「あぁ、わかったわかった。
 んじゃ、準備してってから。

 氷夢華、いいものあったか?」


わざと氷夢華の名を呼んで、アイツにも意識が向いていることをアピールする。
っと同時に、時任にも連れがいることを気付かせる。


時任は氷夢華の方をちらりと向いて、「じゃ、嵩継君。またね」っと意味深な言葉を残して立ち去って行った。


「ねぇ、兄貴。さっきの誰?
 感じ悪いし、嵩継君って、兄貴の名前、馴れ馴れしく呼んでくるし」


っとあからさまに、ご機嫌斜め。


晩御飯は、海斗がやってた店に顔を出す。

海斗が亡くなった後、一年間はおばさんだけが何とか切り盛りして続けていた店。
でも今は海斗を慕う後輩の料理人が、アイツの意志をついで住み込みで働いてくれている。

時折、店に顔を出しては、アイツの考案レシピの懐かしい味を楽しんだり、
小料理屋の仕事を手伝ったりしながら過ごし続けてたオレにとっては馴染みの店も、
氷夢華を連れて行くのは初めてだった。


だけど時任との一件から、拗ね拗ねモードに入ったアイツは、
あからさまに態度がおかしい。


海斗ん家のおばさんには、親しげに話すものの、オレが何を話しても
ただオレに視線を向けるだけで一言を話してくれず、重すぎる沈黙に逃げるように
途中から店を手伝った。




何やってだ……オレ。





『嵩継、氷夢華に何やってんだよ』








海斗の声が、聞こえた気がした。





そうだよな……せっかくの楽しいデートのはずだったのにな。
アイツ、怒らせて何やってんだろうな。

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