【B】きみのとなり


このケアセンターは、医療スタッフは鷹宮総合病院と連携していているが、
それ以外にも、ボランティアスタッフと言う善意で手助けてしてくださっている皆さんが多く活躍している。

それぞれに鷹宮で助けて貰った人が社会復帰するまでの間でリハビリもかねて手伝ったり、
近所の人たちや、鷹宮の患者さんたちが、話し相手を求めてボランティア登録して手伝ったりといろいろだ。



「すいません。
 時任さんを桜の部屋へとご案内してください」

「車椅子はどうされますか?」


すぐにボランティアの男性から返事があり、
時任さんの意思を確認して車椅子を用意する。


癌による闘病で筋力が落ちて細くなってしまった患者さんたちが多くいる、
この施設ないは、海斗の時もそうだったが、車椅子で庭まで出られるようになっているのが特徴だった。
 

カウンセリングルームから車椅子に乗せられた時任さんが終末期を過ごす部屋へと移動されていくと、
本館に戻ろうとしたオレの腕を、時任夏海が掴み取った。



「嵩継君……。
 父は?本当に父は、もう治る見込みはないの?」


縋るようにオレを見つめる時任。


「エンドオブライフケア。
 この場所に来たと言うことは、そういう事だろ?」

「でも……私、何も出来なかったの。

 傍に居たのに父の病気にも気が付かなくて、
 その後も……。

 親孝行……何一つ出来てないのよ。だから……」



そういってオレに縋ってくる時任夏海の声に、
遠い日のオレの心が突き刺さる。



オレだって……気が付かなかったさ。

おふくろが肺炎になるまで……。
肺炎になっても倒れるまで無理してた。

親孝行なんて、何一つ出来ちゃいねぇ。



だからこそ……時任の悲痛な思いに答えてやりたいって思う部分もあるが、
これ以上は時任さんの体力を奪うだけで、寿命を縮めてしまうことになる。



「時任、お前の親父さんは今も必死に癌と共存しながら生きてるだろ。
 だったらまだ、オレと違って親孝行はいくらでも出来ると思うぜ。

 ほらっ、時任さんの部屋に案内しよう」



時任を先導するように、桜の部屋まで移動している間も、
このセンター内は賑やかだ。


集会場でボランティアの人に教えて貰いながら、編み物をしている人もいれば
同じくボランティアの人に演奏してもらうピアノに耳を傾けている者もいる。



そして……院長夫人である、Riz夫人の倍音ヒーリングを家族で体験している人たちもいる。



「嵩継君にぎやかな場所なのね……。
 本当に、これから死ぬ人たちが過ごしている場所なの?」

「時任、これから死ぬ人たちが過ごしてる場所じゃなくて、
 必死に残された時間を輝いて生き抜いてる、そんな人たちが溢れてる空間。
 そこがこの場所だよ。

 あそこの輪の中心になって歌っているのは鷹宮の病院長の奥様だよ。
 だからこそ、時任にもこの場所で、親父さんの笑顔を沢山見れたらいいな」



そう……オレには見ることのできなかった、
最期の瞬間の笑顔をさ……。



「ほらっ、ここが桜の部屋だ。
 まだある程度、プライベートが確立するように家族を中心とした空間になってる。

 ベッドは介護ベッドではあるけどソファーも机もトイレもお茶をいれるくらいなら、
 この場所で出来るようになってる。

 基本、ボランティアスタッフと医療スタッフで24時間管理体制だが、
 時任が毎日、この場所に帰ってきて親父さんと過ごすと言うなら、
 簡易ベッドをいれることも可能だ。その時は何時でも言ってくれ」

「……有難う」


時任はオレにそう言うと、親父さんの傍へと移動した。


ゆっくりとドアを閉めて詰所に顔を出すと本館に戻ることを伝えて、
オレは医局へと白衣を取りに戻る。


「嵩継さん、さっき南病棟の松岡さん急変したんで処置してきました」

「おぉ、ありがとな。飛翔」

「さっきの呼び出し何かあったんですか?」

「あぁ、新しい住人を迎えたってことかな」

「どれだけ手を尽くしても、報われない命もありますからね……」


そういって早城は悔しそうな表情を見せた。


そんなアイツの肩をトントンと軽く叩いて、
オレは医局を出ると南病棟へと松岡さんを訪ねて顔を出す。


その途中、氷夢華と遭遇した。


前回のデートから今日まで同じ病院で同じマンションにいるものの、
時任の話をする機会もなく、時間だけが過ぎてしまった。


「氷夢華……」

「あっ、兄貴、アタシ今日は友達と晩御飯食べて帰るから」

「おっおぉ、食べ過ぎんなよ」


なんて他愛のない会話をしながらも、
また時任の話をするタイミングを逃してしまった。


松岡さんの状態を確認しながらカルテに一通り目を通した後は、
特別室へと足を向ける。


その場所に向かう途中には、水谷さんとすれ違う。



「あらっ、嵩継君。勇ちゃんのとこ?」

「はいっ」

「今、リハビリから帰ってきてゆっくりしてるわよ。
 それより、嵩継君少し疲れてる?

 今夜、氷夢華ちゃんと一緒にご飯食べにくる?」

「あぁ、氷夢華はいないけど、オレだけ甘えてもいいですか?
 アイツ外食らしくて。
 マンション戻るの邪魔臭いからコンビニで済ませようかなーって思ってたんですよね」

「あらあらっ。
 なら仕事が終わったら鷹宮のお家に集合ね」

「お邪魔します」



晩御飯の約束を取り付けて勇人の部屋へと顔を出すと、
アイツはベッドの上で落ちてしまった筋力を回復させようとボールを使った簡単なリハビリを続けていた。  
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