【B】きみのとなり
「あっ、体温計頂いていきますね。
それじゃ、今日も沢山の方と触れ合ってお過ごしくださいね」
そう言葉を残してオレは他の患者さんの部屋にも足を運んで、
その後は本館のへと移動する。
本館の医局へと入ろうとすると、扉から久しぶりに氷夢華の姿を見た。
「あっ、おはよう。嵩継。
今日、朝ご飯作りすぎちゃったから机に置いといたよ。
仕事、お疲れ様。倒れないように頑張ってね」
ふぇ?
嵩継?ってお前……今、オレのこと名前で呼んだか?
いつも、兄貴・兄貴ってオレのことを呼んでは、
無理難題突き付けるアイツが、兄貴じゃなくてオレを呼び捨てにして前を通過していく。
そんなアイツの後姿を追いかけるように視線を動かす。
アイツ……いつの間に髪型変えたんだよ。
この間まで真っすぐなストレートヘアだったアイツは、
今は緩く髪の毛の毛先を巻いて、柔らかな雰囲気を醸し出してた。
ストレートの鋭い感じも良かったが、
巻いてるアイツも可愛いな。
似合ってんじゃねぇか……。
視界から消えたアイツを見送って、オレは医局の中へと入っていく。
自分のデスクに向かうと、アイツが差し入れてくれた朝ご飯を食べ始める。
「安田さん、朝から愛妻弁当いいですよねー。
それに橘高さん綺麗になりましたよねー」
「そうですねー。
橘高さん、髪型変えてから雰囲気変わりましたよね。
看護師の滝山が狙ってましたね」
出勤してきた望月が、若杉の会話に加わる様に追い打ちをかける。
思わずむせ返るオレは、慌ててお茶を飲み干して必死に動揺を落ち着かせようとする。
確かに……暫く見ないうちに、アイツは綺麗になったよ。
いい女がますます、いい女になっちまったら、
どうやって理性保てばいんだよ。
幾ら親公認の同棲って言ったって結婚式の前に、オレの子供はらましちまったら問題だろ。
アイツの両親からの心証も悪くなっちまうじゃねぇか。
だけど……こうやって、こいつらにこうやって冷やかされるのも、まんざらじゃねぇ。
その度に、アイツの存在をオレの中で強く感じる。
アイツと再会してなかったら、オレの時間はこんなにも充実してなかったかも知れない。
午前中の外来、午後からの病棟まわりと手術を終えて夕方再びケアセンターへと顔を出す。
ケアセンター内には、今も何人かのボランティアの人と、患者さんの家族の人が、
リクエストの思い思いの食事を囲んで、それぞれの時間を過ごしていた。
順番に顔を出して、時任さんの居る桜の部屋へと足を運ぶ。
ノックをして部屋のドアを開けると、時任がオレを迎え入れる。
「嵩継君」
慌ててベッドの近くへ向かうと苦痛に顔をゆがめる時任さんが視界に入る。
「時任さん、大丈夫ですか?
腹水抜きましょうね」
そう声をかけてから、腹水を抜くための処置を始める。
腹腔にたまった水は痛みや嘔吐の原因でもあり、
食事もとりづらくなることから、栄養失調に陥りやすい。
その為、腹水を抜くのだが抜きすぎるとまた体力が低下してしまう。
体力の低下を防ぐために抜いた腹水をろ過して、
栄養成分のみを残して再び治療用の腹水を点滴ポンプを使って体へと戻す。
先ほどまでパンパンに膨らんでいたお腹は処置によって少し通常に戻って、
時任さんは、そのまま薬の効果もあって眠りについた。