【B】きみのとなり
「時任さん、お疲れさまでした。
ゆっくり休んでくださいね」
声をかけてそのまま桜の部屋を後にすると、
オレの後を追うように、時任がオレの後を追いかけてきた。
「嵩継君、有難う。
父の苦痛を取り除いてくれて……」
「私はやっぱり治療をしないなんて今も受け入れることは出来ないけど、
だけど私じゃ何も出来ないし……。
でも……あのまま自宅にいても、病院で化学療法を続けてても、
父が苦しむだけで、父の時折見せる笑顔は見られなかったとも、最近は思えるの。
家族が最後に見る姿が、苦しんでる姿だけって言うのも辛すぎるものね」
家族が最後に見る姿。
それが苦しんでる姿だけだったのは、オレのガキの頃の記憶。
沢山の機械を繋げられて、苦しみながら旅立った幼い日の親父。
そして……同じように、たかが肺炎で回復もせずに逝ってしまった……おふくろ。
そうだな……。
オレが思い出せる親父はいつも苦しそうだったし、
オレが思い出せる、おふくろはいつもしんどそうだったし、不安そうな顔をしていた。
笑ってる顔なんて、今となっては思い出すことも出来ない。
そんなオレが、ケアセンターの責任者なんてやってていいのかな?
ふとそんな風に思えた。
その日は病院のレストランで、時任とお礼という名の食事を食べて、
ケアセンターへととどまった。
何時急変してもおかしくない患者さんがいるから。
その夜、一ヶ月満たない時間を過ごした時任さんよりも後に入居した患者さんの旅立ちを見送り、
朝を迎えた。
早朝から桜の部屋を訪ねると、帰らなかったのか時任も、父親の掛布団をめくって
ゆっくりと足を掌でさすっていた。
「おはよう。時任」
「あっ、おはよう。嵩継君」
挨拶だけして、そのまま時任さんの状態を確認すると、
そのまま時任の傍へと行く。
「マッサージか……」
「うん。
こんなことしか、今の私には父に出来ないから」
そう言うと、時任は皮膚を傷つけないように、
ゆっくりとした動きで、掌で何度も何度も細くなった足をさすっていた。
思わずアイツがマッサージしている足の逆側を、
オレもマッサージさせて貰う。
そうだよな……。
あの頃のガキのオレも、
これだったら親父にすること出来たんだよな。
このマッサージは医療資格がなくても、
この手があれば……手だけがあれば出来たんだよなー。
時任さんにやりながら心の中で、
幼き日の記憶に残る親父へと置き換えていく。
時任親子と過ごす時間はオレが今も忘れてしまっていた、
親父との時間をゆっくりと思い出させてくれた。