【B】きみのとなり
『お前の絡み上戸は目の毒なんだよ。
オレが、気が気じゃねぇだろうが……』
そんな言葉を守って、こんな場でもお酒の量を調整するようになったなんて
アタシも優秀。兄貴のためのいい女でしょ。
「岩本さん、すいません。アタシ、ウーロン茶で。
春に胃を壊しちゃってから、自粛中なんです」
「自粛って、一緒に同棲してるお医者さんの彼に言われて?」
岩本さんの口から、意表を突かれたように飛び出してきた言葉に驚く。
「えっ……嵩兄のこと、どうして?」
「知ってるよ。弥英ちゃんに教えて貰って。
嵩兄って呼んでるんだ。
だけど氷夢華ちゃん、まだまだだね。
とっさにふられて彼のことを名前で呼んであげられないなんて、
その程度なんじゃない?」
その程度?
アンタにアタシの何がわかんのよ。
アタシは新しく運ばれてきたウーロン茶を一気に飲み干すと、
カラリとグラスの中の氷が音を立てた。
「鼓、朔優【さくや】、俺、弥英ちゃんと抜けるわ」
突然、弥英の想い人がそういって合コン会場から抜け出すと、
んじゃっと、朔優さんと呼ばれた次期家元と、華奈子も出ていく。
『バカ……』
華奈子のバカ……どうして、この男とアタシを二人きりで残すのよ。
弥英はわかるとしても彼氏がいるアンタまで、
その次期家元にお持ち帰りされなくてもいいじゃん。
心の中でそんなことを思っていると、岩本はアタシの正面をまっすぐに見た。
「バカって華奈ちゃんへの抗議かな?
でも氷夢華ちゃん一つ誤解してるよ。
朔優は華奈ちゃんの彼氏。もうすぐ婚約もするんじゃないかな?
んで僕も知っての通り、今、弥英ちゃんに振られちゃったんだよね。
だから少し、その医者の彼に危機感を抱かせてみない?
そのついでに僕のことも慰めてよ」
人懐っこい性格でアタシの意思なんて無視して勝手に予定を組んでいく強引なところなんて、
兄貴みたいだなーなんて思ってる間に、気が付いたら翌日のデートのセッティングなんてされてしまった後だった。
その日、シンデレラタイムにタクシーで岩本に送ってもらって帰宅したマンション。
だけど兄貴は、その時間になっても帰宅していない。
バカ……兄貴がちゃんと帰ってきてアタシを抱きしめてくれたら、
岩本との明日の約束なんて絶対に断るのに……そんなきっかけすらくれない。
兄貴のバカっ!!
湯船にお湯をはって入浴剤を放り込んでゆっくりと体を温めると、
いい女になるための努力をして、翌日、何事もなかったように出勤した。
鷹宮に到着して仕事用に着替えた後は、いつもの日課がはじまる。
えぇーっと、今日の検査。
早城と一緒かぁー。
検査のときにも兄貴に会えないじゃん。
今日の検査予約のスケジュールを追いかけても、
兄貴の名前は残念ながら見当たらなかった。
一日の検査を予定通りこなすと、
アタシはロッカールームへと貴重品を持って戻る。
ロッカーの前で着替えをしながら、
メール受信か着信で点滅している携帯に手を伸ばす。