【B】きみのとなり




氷夢華ちゃんへ

予定通り、今、会社をでました。
今日、楽しみにしています。

17時30分に本館の入り口ドア付近でお待ちしてます。









そのメールを見て思わず髪をガシガシとかいた。




ロッカードアの裏側にセットしていた鏡に顔を映して、
軽くメイクを直すと、アタシは覚悟を決めたように入口へと向かった。




「あぁ、氷夢華ちゃん。
 仕事お疲れさま」


ドアが開いてアタシが姿を見せた途端に岩本は笑顔を見せてアタシに近づくと、
さりげなく腰に手を回してエスコートするように歩き出す。



その後も、逃げ出すきっかけが掴めぬままアタシはズルズルと岩本のペースに乗せられた。


最初に出かけたのは、ムーンライトプランで夕方から入れる遊園地。

遊園地内のホテルのレストランで予約されたディナーを頂いて、
その後はアトラクションに一つだけのって、フィナーレの花火を楽しむ。



楽しい時間のはずなのに、隣に兄貴が居ないのが寂しくて虚しかった。





「氷夢華ちゃん、今日はお付き合い有難う。
 ずっと浮かない顔してたね」


遊園地から肩を並べて出ている間、岩本はそう切り出した。



「ごめんなさい。
 だけど……」

「氷夢華ちゃん、謝らなくていいよ。
 こんな強引なやり方をして僕も悪かったと思ってる。

 だけど僕と過ごしていてどうだった?」

「楽しく……楽しくなかったです」




そう……岩本さんには悪いけど、楽しくなかった。



「楽しくなかったか……。そう面と向かって言われちゃうと、
 僕も傷ついちゃうな……」

そういって、寂しそうに笑う岩本さん。

「あっ、ごめんなさい」

「いいよいいよ。

 僕はこんなそんな性分なんだ。
 弥英ちゃんと、華奈ちゃんに頼まれて仕組んだんだ。

 二人とも、氷夢華ちゃんのこと心配してるからさ。
 医者の彼との関係ね。

 だけど……僕なんかが付け入る隙がないくらい、
 氷夢華ちゃんには医者の彼しか入ってない。

 多分……会ったことはないけど、医者の彼もそうなのかも知れないね。
 お互いがお互い、溺愛しあってる二人を誰も邪魔なんて出来ないよ。

 もっと素直に甘えてみればいんじゃない?」




小悪魔プロジェクトのある意味指導者の岩本は、
そんな言葉を最後に残して、タクシーでアタシの前から走り去った。




今日のディナーも幸いにしてアルコールは飲んでない。



マンションに戻って部屋に戻る。


兄貴の仕事用の靴は下駄箱に片づけられているし、
仕事用の車の鍵は鍵置き場に戻されているのに、
その隣のシルエイティーの鍵が消えていた。


慌てて荷物を自分の部屋に放り投げると、
愛車の鍵を握りしめて必要最低限の免許証の入った財布ポーチだけ手にすると、
アタシは地下駐車場へと走り出した。



今朝の出勤時、お留守番させてた愛車に滑り込むとエンジンをかける。
心地よい振動が体に伝わると、ゆっくりと車を発進させた。





兄貴に会いたい……今すぐ嵩継に触れられたい。




それだけを願いながら再会したF峠に向けて、
車のスピードを一気に加速させていった。

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