遠くの光にふれるまで
朝イチでピンポンが鳴って、何事かと思えば店長だった。
朝六時だった。
寝癖だらけの頭で、勿論すっぴんで、目もほとんど開いていなくて、下着が見え隠れするだらしのない寝間着姿で「何の用ですか」と聞けば。
「何言ってるの若菜ちゃん! 初デートなんでしょ? 朝から気合い入れて準備しなきゃ! まさか普段着で、いつもの下着つけて行くつもり!?」
「ええー? だって初対面のときから普段着で、いつもの下着でしたもん……」
「彼のハート鷲掴みにしたいんでしょ? なら今すぐにでも抱きたくなるようなことしなきゃ!」
そんなことよりもう少し寝たい。待ち合わせは昼過ぎなのに。寝不足が一番ダメなんじゃ……。
結局店長は、服から下着、化粧、香水までをプロデュースして、帰って行った。
気持ちはすごく有難いけれど……。肩は丸見えだし、スカートは短すぎて下着が見えそうだし、その下着は店長からのプレゼントのティーバックだし……。申し訳ないけれど、全部脱いだ。
あまり気合いを入れ過ぎても恰好悪い気がして、仕事着よりも少しだけ明るい印象の服――白に鮮やかな小花のプリントTシャツ、膝丈のネイビーのスカートに、ライトブルーのカーディガンで落ち着いた。勿論下着も履き替えた。
「デートはやっぱり遊園地で、観覧車の一番上でキスしなさい! 絶叫系はくっつくチャンスよ! 可愛さアピールするの!」という店長からのアドバイスも、申し訳ないけど無視させてもらうことにした。
やっぱりアクティブにあちこち行くより、ゆっくりできる場所でのんびり過ごしたい、と伝えてみようと思う。
出会って一ヶ月。なかなかゆっくり話すこともなくて、だからひのえさんはいまいちわたしを信用してくれていないんだと思う。
わたしはこんなにひのえさんが好きで、こんなに身体の芯が震える恋は初めてなのに。それがあまり伝わっていない。
とうごくんや野分さんはただのお友だちなのに、不安にさせてしまう。
むしろわたしの方が不安なのに。モテモテの副隊長と、ただの人間で、ただの雑貨屋店員のわたしが、付き合ってもいいものか、と。
待ち合わせの少し前。駅前について、分かりやすいように時計台の下に立った。
駅前はこの町の待ち合わせスポットだけど、さすがに平日の真っ昼間から待ち合わせているカップルは少なくて、わたしを含めた数人全員の気持ちがリンクしたような気分になった。(気まずい、早く来て)
待ち合わせ時間を少し過ぎて、次々と待ち合わせに成功したカップルが去って行く。
ひのえさんはまだ来ていない。
おかしいな、待ち合わせに遅れるようなひとには見えないけれど、と携帯で時刻を確認する。
こんなとき、連絡先が分からないというのはすごく不便だ。昔の人、というか携帯電話が普及する前のカップルは、みんなこうしてやきもきしていたのだろう。
そもそも電話で話したいときは自宅にかけていたんだし。わたしも、中学生のとき初めて付き合った相手とは、自宅の電話でのやりとりだった。長い、と。家族に白い目で見られていたっけ。
そんな昔のことを思い出しながら顔を上げると、おい、と低い声が聞こえた。