遠くの光にふれるまで
ふたりを部屋に招き入れ、わりと元気だと伝えると安心してくれたみたいで、ハナちゃんの興味はわたしの部屋に移ってしまった。
恥ずかしいからあんまり見ないでね、と言うと「だって大人の女性のお部屋なんて入ることないですもん、ほわあ、これが大人の女性の一人暮らしかあ」とのこと。
ならあまり参考にならないかもしれない。わたしの部屋は可愛くもないしお洒落でもない。ごくごく普通の、シンプルな部屋だ。
「それより若菜さん、病院行ったんすか? 言うほど具合が良いようには見えないんすけど……」
「行ってないけど、わりと平気なんだよ。ふたりが来るまでお昼寝してたし」
「若菜さん鏡で自分の顔見ました?」
「失礼な! この顔は生まれつきなの!」
「そういうことじゃなくて……」
年下の男の子をからかいつつ、そんなにひどい顔してるかなあ、と鏡を覗く。
まあ確かに健康体ですという顔色じゃないけれど、さっき店で見たよりは幾分ましに見える。
「あ、もしかして丙さんとのデートで寝不足っすか?」
「え! 若菜さん、丙さんとデートだったんですか? わあ、いいなあ、このこのっ、どこ行ったんですか? 遊園地とか?」
今度は年下ふたりがからかうように言ったけれど、わたしはすぐさま首を横に振る。
「急な仕事が入ったみたいで、来れなかったの。やどりぎさんって方が知らせに来てくれて」
「え、そんな……」ハナちゃんは絶望した顔。
「ヒバリが来たんすか?」とうごくんはやどりぎさんを知っているみたいだけれど、わたしはやどりぎさんの下の名前を知らなかった。
「うん、長髪でいかつい顔のやどりぎさん」
「それで……それから丙さんとは連絡取ったんすか?」
「昨日会いに来てくれたんだけど」
絶望していたハナちゃんの表情がぱあっと明るくなったけれど、
「いろいろあって喧嘩しちゃった」
すぐにまた絶望した。
こんないたいけな美少女の顔色をころころ変えさせてしまって申し訳ない。
「喧嘩って、なんでまた……」
「うーん、意見の相違というかなんというか」
ハナちゃんのためにも、詳しく話さないほうがいいだろう。
これはひのえさんとわたしの問題なわけだし。いたいけな美少女が心を痛めることではない。
「心配しないで、大丈夫だから」
「仲直り、してくださいね?」
「うん、きっとね」
言うとハナちゃんは、涙が滲んだ目を手の甲でこすり、にっこり笑った。やっぱり美少女には笑顔が似合う。
それから少しの間雑談をして、陽が沈む前にふたりは「じゃあそろそろ」と立ち上がった。
帰り際、思い出したようにとうごくんが、何かを取り出した。紙だった。
だけどただの紙ではなかった。それを見て、今度はわたしが絶望する。
有給休暇申請書、と書かれた書類のコピー。
書類には「藤宮若菜」と、紛れもなくわたしの名前が書かれていて「有給全然使ってなかったから、一週間くらいゆっくりしなさい」というメモが貼ってあった。わたしの名前も、このメモも、店長の字だ。偽造された……。無理矢理休みを取らされた……。
書類を覗き込んだハナちゃんは「またお見舞い来ますね、何か美味しいもの作ります!」と笑った。
美少女のその笑顔だけが、救いだった。
(若菜の章・完)