遠くの光にふれるまで
宿木の章
最近丙さんがしょっちゅう現世に行く。
もしかしたら向こうに女でもできたのかもしれない。天部に知られない程度のそんな噂が、俺の耳にも届いた。
丙さんが所属する七番隊の管轄は主に人間界だから、現世通いは別におかしいことではない。でも最近は目に見えて多くなったらしい。
定時の見廻りでも、常駐する隊士からの報告を受けに行くのでもないとすれば、女。簡単な方程式だった。
まさか丙さんが人間と恋仲に? そんなこと有り得るのか?
俺の知る限り、丙さんは学生時代から今に至るまで、女に不自由はしていない。
顔も良いし背も高い。学生時代は首席で、剣術の大会は入学から卒業まで毎年優勝。奇跡の十六連覇。卒業からわずか一年で部隊に配属。そのあと数十年で副隊長になった。
そんな文武両道の丙さんがフリーと知るや否や、こぞって告白してくる。きっと副隊長という地位につられた女たちなんだろうけど、それは地位が高いひとたちの宿命というかなんというか。
まあ真偽を問うわけにもいかねえし、噂は噂だろうと特に気にしていなかったが。
ある日突然丙さんに呼び出され、ああ噂は本当だったのかと知ることになる。
「現世で世話になった人間に礼をしに行く予定だったが、招集命令がかかった。悪いが宿木、代わりに行って、今日は行けないと伝えてくれないか」
慌ただしく愛刀を帯にさしながら、丙さんが言った。
「いいですけど、俺今日非番なんですよ? 埋め合わせしてくれますよね」
「ああ、必ずする」
「で、その人間の特徴は?」
「行きゃあ分かる。俺らの姿が見える人間だ。もう行くから、頼んだぞ」
「ちょっと、それだけですか?」
俺たち天使が見える。たったそれだけの情報で、待ち合わせの人間を探せって? そりゃないぜ丙さん……。
せっかくの非番が先輩のお使いだなんて……。ため息をついて、重い腰を上げた。