遠くの光にふれるまで
幽霊に触れた。キスもできた。となれば、その先も可能だった。
もうどういう原理なのかはさっぱり分からないけれど。はたから見れば、わたしが全裸でよがっているようにしか見えないんだろうな、と。ふと思って可笑しくなった。
「なにひとりで笑ってんだよ」
背後からわたしを抱き締めていた男性――ひのえさんは、首を傾げて顔を覗き込む。
「幽霊としたのは初めてだったので、かなり特殊なプレイだなと」
「確かに。俺も人間としたのは初めてだ。つーかおまえなんで触れるんだよ」
「昔から霊感はあったんです。触れる……というか、こんなことまでできるなんて思いもしませんでしたけど……」
「才能あるよ」
なんの、とは言わず、わたしもなんの、とは聞かず、足を絡ませてさらに身体を密着させた。
身体を重ねて、さらに焦がれた。相性が良かった。仕事でくたくたになっていたはずなのに、そんなことを忘れて彼を求めた。
どうしてこんなことになってしまったんだ。
もう少し……せめて彼が死ぬ前に出会っていたら。お互い人間の、丙宗志と藤宮若菜として出会っていたら、これほどまでに焦がれなくても済んだのかもしれない。
だって……。
ひのえさんが起き上がり「時間だ」と呟いて身支度を始めた。
わたしはベッドの中、タオルケットにくるまりながら、じっとその姿を見つめていた。
もうさよならなんだ。
本当に短い、一夜の恋だった。
もどかしさを隠して見上げていると、着替えを終えたたひのえさんが、それに気付いてふっと笑う。
「んな顔するな。またすぐ会えるさ」
「どうでしょうか」
そりゃあ人間いつかは死ぬけれど……。ひのえさんだって若くして亡くなったんだろうけど……。次に会えるとしたら、何年後か何十年後か。
わたしはそれまで、この気持ちをどこに向けたらいいんだ。
「若菜、愛してる」
最後にわたしの額に優しくキスをして、ひのえさんは刀を持った。
そして音もなく、すうっと闇に紛れて、消えてしまった。
あとには何も残らなかった。
ただひとつ、行き場のないこの感情だけが、胸のなかに渦巻いていた。