遠くの光にふれるまで




 天界に戻ってすぐ、七番隊の隊舎に向かって、丙さんに女のことを報告する。

 討伐から戻ったばかりらしい丙さんは、黙ってそれを聞いていたが、すぐに深いため息をついて机に顔を埋めた。

「良い女じゃないっすか。今までの女の中でダントツっすね」

「……惚れたのか?」

 声が苛ついている。

「まさか。ただ、あんな女、モテるだろうなって。丙さん来られなくなったんで、友人らしき男と飯行きましたけど。あんな理解のある女といたら、楽でいいでしょうねえ」

 からかうつもりで言ったが、予想外に丙さんは機嫌を悪くしたようで、俺を睨み上げながら「男と飯?」と聞いてきた。

「ああはい、ちょうど誘われてましたよ。顔見知りみたいだったから、友だちっすよ、きっと」

「……そうか」

 再び机に顔を埋めた丙さんだったが、俺は特に気にすることもなく。
 ただ「尊敬する先輩をからかってやったぜ」くらいにしか思っていなかったのに……。



 数日後、丙さんがまた現世に行ったようだ、という話を聞いて、またからかってやろうと隊舎を訪ねると。
 副長補佐の軽保に「今はやめたほうがいいですよ、副隊長、気が立っているみたいで……」と忠告された。

 気が立っている? 剣術の大会前でも、昇進査定会前でもあるまいし。

 忠告を無視して執務室に入ると、確かにひどい空気だった。
 隊長、副隊長クラスになると、その霊力は一般天使の数倍、数十倍になる。普段はそれを上手くコントロールし、隠しているが。執務室の中は怒気を孕んだ霊力が充満し、並の天使じゃあ力に当てられ体調を崩してしまうだろう。


「……なんか、あったんすか?」

 意を決してそう問うと「なんもねえよ」とやたら低い声で返される。

 ああ、こりゃあ女と何かあったな。
 喧嘩したか、フラれたか。ここまで気が立っているなら、からかっても面白い反応は見られなそうだ。

「丙さん、何があったか知りませんが、部下たちが恐がってましたよ。ちょっと落ち着いてください」

 からかえないならフォローに回るしかない。

「別に何もねえって……」

「何もないわけないでしょうが」

「うるせーな……ただ女を傷付けて、訂正できずに帰ってきた。それだけだ」

 あの女を傷付けたのか? あんなに空気が読めて、我が強くなくて、理解がありそうな女を? 丙さんが?

「仕方ねえだろ。いくら言っても言うこと聞かねえから……つい暴言吐いちまったんだ……」

「何やってんすか……。惚れた女なんでしょ?」

 言うと丙さんは俺を睨んだけど、気付かないふりをした。

「謝ったほうがいいっすよ。じゃないとすぐ他の男にとられますよ」

「……会いに行けるわけねえだろ……」

 泣き喚いて抗議してくれたらどんなに良かったか……。そう呟いて、項垂れる。

 やっぱり理解のある女だったらしい。
 どうせあの女は、丙さんが暴言吐いても「分かりました、仕方ないですね」って言って、全部自分のせいにしたんだろう。


 丙さんが「もう行け」と言うのと同時に、携帯が鳴った。メールだ。
 内容に目を通しながら、丙さんに「また来る」と伝え、七番隊舎を後にした。




< 30 / 114 >

この作品をシェア

pagetop