遠くの光にふれるまで
わたしが働くのは、郊外にあるショッピングモール内のテナント。ティーン向けのファンシー雑貨やファッション雑貨を扱う店。そこで副店長をしている。
ティーン向けの店だから、そこで働くスタッフもわりと若くて、店長とベテランアルバイトのひと、その次にわたしが年長者という事態になってしまった。
まだ二十代だし、若い気でいたけれど……。アラサーだもんな、とため息が出た。
ひのえさんという幽霊と出会い、別れてから十日が経った。
幽霊に恋をして、一夜を共にし、わりと本気で落ち込むという、間抜けな事件だった。
仕事に打ち込んで、ようやく落ち着いてきた。
落ち着いて改めてあの日のことを考えてみると、夢だったんじゃないかと思えてくる。
そもそも相手は幽霊なわけで、この世に存在していなかった。
だったらあの日ひのえさんに会い、触れ合ったという証拠はないし、わたしも連勤で疲れていたし、夢でも見たのかもしれない。
ため息をついて、スタッフたちから渡された発注書に目を通す。
店長が不在の日は、副店長のわたしが自動的に一番上の立場になる。責任や仕事量はアルバイトの頃に比べると明らかに増えたけれど、わりと楽しんでいるからいいのだ。
なにより、ひたすら没頭できるだけの仕事量だから、ひのえさんのことを考えなくて済む。
スタッフたちからの発注書のチェックを終え、明日出勤後に各自メーカーさんに送ること、という旨を連絡ノートに書き込んでいると、一緒に遅番に入っていたアルバイトのクルミちゃんが「あの……藤宮さん……」と控えめに話しかけてきた。
クルミちゃんも発注書ができたんだと思って「はいはい、すぐチェックするよ」と右手を出しながら顔を上げる。と……。
「……へ?」
目の前に立っていたのはクルミちゃんではなく、いやクルミちゃんも視界の隅にいたけれど、それよりもわたしの視界を占領していたのは。
長身で、くしゃっとした黒髪で、切れ長の目を細めて、不敵に笑う男性。
「……プレゼントをお探しですか?」
事務的に問うと、男性は途端に不機嫌な顔になり「はあ?」と不機嫌な声を出した。
視界の隅のクルミちゃんは、心配そうな顔をしていた。
「たった十日会わなかっただけで、俺の顔忘れちまったのか?」
懐かしい声だった。
もう二度と会うことはできないと思っていたひとが、なぜ、どうして、うちの店にいるのか。
しかも十日前とは恰好が違う。袴姿ではなく、シャツにジーンズという、普通の服装だった。
「な、なんで……?」
「会いたくて死んじまいそうだったから来た。このあと暇か?」
暇だけど、暇なんだけど……ええ? 幽霊じゃ、ない? どういうことなの?