遠くの光にふれるまで
篝火の章
藤宮若菜さんと出会ったのは、俺がまだ小学生の頃。
若菜さんはもう成人していて、仕事をしていて。たまにちょっと子どもっぽいところもあるけれど、明るくて楽しくてしっかりしたひと。
俺の初恋は、若菜さんだった。
まあその初恋も長持ちせず、部活をしたり友だちと遊んだり、人並みにアイドルを好きになったりしているうちに、恋をしていることを忘れてしまった。
最近じゃあもう、若菜さんがうちの病院に来るときや、妹のあかりに誘われ飯を食いに来るときにしか会わないほど、ただのご近所さんになっていた。
そんな関係が変わったのは少し前。若菜さんが、天使と付き合い始めてからだった。
霊感があることは気付いていたから、そこら中に溢れる霊を見たり、この辺りを担当している天使を見たり、その程度のことはあるだろうと思っていたのに。まさか付き合い始めるとは。
人生何が起こるか分からない。
しかも相手が天使部隊の副隊長というけっこうなひとだったから、俺たちは若菜さんの霊力をコントロールする訓練をすることにした。
そんな中体調を崩し、一人暮らしの食生活を心配した妹が頻繁に飯に誘うようになったから、若菜さんと会う機会が増えた。
若菜さんは体調の悪さを俺たちに悟られないよう、いつも笑っていた。
天使部隊第七番隊副隊長の丙さんと、その恋人である若菜さんが、意見の相違から疎遠になって、一ヶ月が過ぎた。
若菜さんから丙さんに連絡を取る術は何もない。丙さんも会いに来ない。
代わりに丙さんの後輩のヒバリが、頻繁に現世にやって来るようになった。
あんまり来るから「上に何か言われねえの?」と聞いてみると「別に仕事サボって来てるわけじゃねえから」とのこと。
まあ、天使課や送迎課、守護課や、天使部隊常駐班の天使は常にそこら中にいるから、現世にいる天使がひとり増えたくらい問題ないらしい。
「……丙さんの様子は?」
聞くとヒバリは顔をしかめ、首を横に振る。
「普通に仕事してる」
「若菜さんに会いに来る気はないってこと?」
「合わせる顔がないんだろうよ。暴言吐いて傷付けたんだから」
たとえそうだとしても、ちゃんと会って話し合ったほうがいいと、俺は思う。
付き合い始めた頃、ビビビってきたと言って笑う若菜さんの顔は、本当に幸せそうだったから。
俺はその幸せそうな笑顔を知っているから、今の若菜さんの笑顔が無理をしているようにしか見えなかった。
ヒバリや知り合いの天使に頼んで、仲直りの席を設けても良いんだけれど。なんだかヒバリは、それをしたくないような雰囲気だったから、無理に頼みはしなかった。