遠くの光にふれるまで
夏休みが始まり、まずはうちの庭で流しそうめんをしようということになった。
真面目な春一が、庭で竹を組み立ててくれるらしい。設計図まで作って、やる気満々だ。
流しそうめんを提案したのは若菜さんだったから、ちょっと驚かせてやろうと思って、そうめんを買いに出たついでに、こっそり店に寄った。
接客をしていたりレジを打っていないか通路から確認して、どちらもしていないからと店内に足を踏み入れたけれど。若菜さんはいなかった。
代わりに以前知り合った派手な格好の店員さん――若菜さん曰く店長に「若菜さんはいますか?」と声をかけたら、店長は苦笑しながら首を横に振った。
そして思いもしなかったことを口にした。
「若菜ちゃんは、先月末で辞めちゃったの。残念だけど、ずっと体調悪かったみたいだし、仕方ないね」
「……え?」
若菜さんが、仕事を辞めた? そんなこと全く聞かされていなかったから思いの外驚いて、持っていたエコバッグを落としそうになった。
「辞めたって……体調不良が原因なんですか? 本当にそれで辞めちゃったんですか?」
店長さんはやっぱり苦笑しながら、首を横に振る。
「若菜ちゃんが何も言っていないなら、私の口からは言えないから。本人に聞いてみて」
なんだか、嫌な予感がした。
俺たちの前で若菜さんはいつも笑っていた。でも仕事を辞めるくらい体調が悪いなら、夏のイベントどころじゃない。
店長に丁寧に頭を下げたあと、その足で真っ直ぐ、若菜さんのアパートへ向かった。
玄関のドアを開けた若菜さんは、いつも通りの笑顔で俺を迎え入れた。
久しぶりに入った部屋は、前回花と来たときよりも物が減り、やけにこざっぱりしていた。
「連絡くれればお茶菓子くらい用意したのに。今お煎餅しかないよ? それでもいい?」
平和に笑ってお茶の用意をしようとする若菜さんを引き止め、とにかく話を聞いてみることにした。
さっきからやけに心臓がうるさい。
ばくんばくんと跳ねる音は、この静かな部屋じゃあ、若菜さんに聞こえてしまうかもしれない。
「仕事辞めたって聞きました。一体何があったんすか?」
聞くと若菜さんは一瞬驚いた顔をして、でもすぐいつもの笑顔に戻って「あはは」と笑う。
そして次に出た言葉は、信じられないものだった。