遠くの光にふれるまで
わたしの部屋で、一緒にハンバーグを食べた。
一人暮らしで自炊をしているけれど、最近はばたばたしていて、ファストフードで済ませてしまっていたから、先週買ったひき肉が変色しかかっていた。
お腹を壊したら大変だから、デミグラスソースでしっかり煮込んだ。
食べ終わるとひのえさんは「おまえ料理できるんだな」と意外そうに言う。
「そりゃあアラサーですし、ある程度はできますよ」
「三十代なの? 見えねえな」
「まだ二十代です、失礼な」
「あはは、悪い悪い。うまかったよ、ごちそーさん」
「お粗末さまでした」
ひのえさんはごろんと寝転がって、傍らに置いてあった雑誌を開く。………………。
「って、そうじゃなくて!」
「ああ?」
しまった。つい和やかに夕飯食べちゃったけど、ひのえさんには聞きたいことが山ほどあるんだ。
ていうか、このひとが本当に十日前に会ったひのえさん本人かどうかも分からない。着物でもない、クルミちゃんにもちゃんと見えている、そこら辺にいそうな恰好の、ただのイケメン。
このひとは幽霊じゃなかったのか?
わたしが触れただけで、実体はなかったし。てっきりもう成仏しちゃって、二度と会えない、本当の意味で一夜限りの恋になったんだとばかり……。
そう捲くし立てると、ひのえさんはきょとんとして、かと思えばふっと笑って、手招きする。
素直に従ってひのえさんの隣に行くと、腕を引かれて彼の胸におさまった。
「まあ、話さなきゃいけないことは山ほどあるんだが……」
ちゅ、と額にリップ音。
「俺に会いたかった?」
「話をはぐらかさないでください!」
「なんだよ、会いたくて堪らなかったんだから、まずべたべたさせろよ」
「べたべたなら話のあとでもできるじゃないですか」
「まあ、べたべたしながらでも話はできるしな」
言いながら、ひのえさんはわたしの首筋に顔を埋める。
抗議は諦めた。べたべたしながらでも話してくれるならそれでいい。
「最初に言っとくが……話の内容が内容だから、聞きたくなかったり、もういいと思ったら言ってくれな。そんときはすぐやめて、帰るから」
深刻なトーンだったけれど、彼は愛しそうにわたしの首筋に顔を摺り寄せているから、いまいち信憑性はない。