遠くの光にふれるまで
「まず、俺は幽霊じゃない。人間じゃないってのは確かだけど……所謂、天使だ」
「て、天使……?」
ひのえさんの話はこうだ。
ひのえさんは天使で、天界に住んでいて、天使部隊というところに所属していて、悪霊や堕天使やその他天界に害をなす者の迎撃や追放を行っているらしい。
天使部隊でのひのえさんの役職は副隊長。結構な立場だ。
十日前にわたしが会ったのが、天使としてのひのえさんの本当の姿。
今は「人間と同様の存在になれる薬」を飲んだため、クルミちゃんたち霊感のないひとにも見えるという。それに合わせて、現代風の服を着たらしい。
突拍子もない話だった。
一夜を共にした相手が幽霊だった、という話だけでも夢みたいだったのに、実は幽霊ではなく天使だったとか。天使部隊に所属しているだとか、副隊長だとか、人間と同様の存在になれる薬だとか……。
でも幼い頃から人でない者を見続けてきたわたしには、ああこれは全て本当の話なんだと思えたし、なにより……。
二度と会えないと思っていたひとにもう一度会えたということが、嬉しくてたまらない。
「あのー……若菜さん……?」
話し終えても相槌のひとつも打たないわたしを見て不安になったのか、ようやくひのえさんが首筋から顔を上げた。
「なんつーか……多分最初に話しておくべきことだったんだけどさ、あの日はほんと……我慢できなかったっていうか、悪い……」
「いえ、全然……」
それはお互い様。わたしだって、人間ではないと知っていたのに抱かれたんだから。
「誰でも良かったってわけじゃない。俺も仕事中だったし。だけどおまえを見た瞬間、ああこいつを俺のものにしたいって、そう思ったんだ。だから、別れ際に言った言葉に嘘はない」
別れ際に言った言葉。
若菜、愛してる。
ひのえさんは、確かにそう言った。