遠くの光にふれるまで
「みんな、来てくれて、見守ってくれてどうもありがとう。この数ヶ月、本当に楽しかった。わたしの我が儘に付き合わせちゃってごめんね。わたしの我が儘を聞いてくれてありがとう。本当に、良い人生だった」
平和に、とても平穏に笑う若菜さんは、俺たちの顔を順番に見て、最後の言葉を続ける。
俺たちは涙でぐちゃぐちゃの顔で、じっと若菜さんを見つめていた。
「春一くん、何度も車出してくれてありがとうね。真面目で優しくてたまにスパルタで……これからもそのままでいてね」
「……はい」春一が真っ直ぐな声で返事をした。
「あかりちゃん、美味しいごはんをありがとう。まだ小学生なのにこんなにしっかり者で、びっくりすることばかりだった。ささやかなものだけど、わたしのレシピノート使ってね。中学生になったら剣道頑張って」
「うん、うん……」あかりはこくこくと、二度頷く。
「ハナちゃん、穏やかな時間をありがとう。みんなの空気を穏やかにしてくれるハナちゃんがいて本当に良かった。その優しい心を色んなことで痛めないで。みんなを助けてあげて」
「はい……!」花は涙を拭って、穏やかな声を出した。
「とうごくん、長い間ありがとう。本当にお世話になりました。何を言って何を言わなかったか、もうよく分からないけど。とにかくありがとう。大好きだよ」
「……丙さんの次にでしょ」
強がってそう言えば、若菜さんは「そうだね」と照れくさそうな顔をした。素直でよろしい。
「篝火先生、お手数おかけしますが、あとよろしくお願いします。長い間、お世話になりました」
最後に父ちゃんに深々と頭を下げ、父ちゃんが頷くのを確認すると、若菜さんは藤原さんたちに向き直る。
「さ。向こうに行きますか」
「もういいのか? なんなら他のやつらのとこに挨拶に行ってもいいんだぞ」
「普通の人間にも見えるようにできますよ?」
「でもみんな仕事中だろうし、挨拶は最後に会った日に済ませてるので大丈夫ですよ」
「そうか……」
「はい。なのでもうお願いします」
若菜さんが言うと、藤原さんは懐からジッポを取り出し火を付ける。でもそれは普通の火ではなかった。何色とはっきり言うことができないが、とにかく普通の火じゃないということは分かる。
その火に、若菜さんが吸い込まれていく。「ばいばーい」と呑気な声を出し、笑顔で。
そしてジッポのふたをカチッと閉めると、若菜さんの姿はどこにもなかった。
行ってしまったのだ。三途の川のほとりまで。送られたのだ。遠く離れた、次の場所へ。
それが分かると、みんな一斉に、わんわん泣き出した。泣き崩れた。
花は天を仰いで、春一は畳に突っ伏して、あかりは両手を下まぶたに当てて、父ちゃんは俯いて。
その様子を見ながら俺は涙を拭って、ベッドに横たわる若菜さんを見据え「お疲れ様」と呟いた。
苦しそうな最期だったのに、魂が抜けた若菜さんの顔は、穏やかだった。