遠くの光にふれるまで




 若菜さんの身体は親戚に引き取られた。
 昔からあまり交流がなかったらしく、うちにやって来た親戚夫婦は心底面倒臭そうな顔をしていた。

 葬式はあげなくていい、という若菜さんの遺言に従って、お経をあげて火葬をして墓に入れた。俺たちも火葬場と墓について行って、若菜さんの思い出を語り合ったけど、親戚夫婦はやっぱり面倒臭そうにしていて、納骨が終わるとさっさと帰っていった。


 初七日に集まって墓参りに行くと、春一がこんなことを言った。

「日曜日に亡くなったから、こうして集まるのは毎週土曜。土曜なら集まりやすいし、意図せずそんな日を選ぶなんて藤宮さんらしいね」

 本当にそうだ。若菜さんは死んでも若菜さんなのだ。きっとこれからも、あのひとは変わらないだろう。


 若菜さんが最期の時を過ごした我が家の客間は、納骨の後から少しずつ片付け始めた。
 と言っても、必要最小限の物しかなかったから、それをみんなで分ける。ただそれだけのことだった。

 服や小物は花たち女性陣が、家具は俺たち男性陣がもらうことになり、ベッドは年末の粗大ごみ回収日まで置いておくことになった。

 そんなときだった。デスクの引き出しの中で、大事なものを見つけたのは。

 それは小さな包みと、分厚い紙の束だった。包みには見覚えがある。祭の日に丙さんへの土産だといって買った、ガラス細工の金魚だろう。
 でも紙束は何だろうと思ってぱらっと捲ってみると、ぎっしりと文字が書いてある。なんだかもうすでに懐かしい、若菜さんの字だ。
 だけど数行読んで、慌ててそれを閉じた。「ひのえさん」という字が見えたからだ。

 きっとこれは、若菜さんが丙さんに宛てて書いた手紙。
 六月に意見の相違で離れて数ヶ月。若菜さんはなかなか会いに来てくれない丙さんに、手紙を書いていたんだろう。恐らく内容は、丙さんへの気持ちや日々の出来事。
 辞書のように分厚い紙の束が、丙さんへの想いを物語っていた。


 結局初デートも仲直りもできないまま終わってしまったけれど、若菜さんは幸せだったのだろうか。
 これで良かったのだろうか。
 若菜さんは最期に何を思い、あの虚ろな目には何が映っていたのだろうか。

 俺はあのひとに、ちゃんと恩返しができたのだろうか……。


 何もかも分からないけど、今できることはただひとつ。
 丙さんにこの包みと手紙を渡すまで、大事に保管しておくこと。それだけだ。





< 65 / 114 >

この作品をシェア

pagetop