遠くの光にふれるまで
ヒバリが陽気な顔で訪ねて来たのは、それから数日後。
「良い知らせがあって若菜んち行ったらもぬけの殻だったんだけど、どこ行ったか知らねえか? 良い知らせが何だか、おまえも聞きたいだろ? みんな集まってから言おうと思ったけど、燈吾には特別に教えてやるよ。なんと……昇格試験に合格して、階級ひとつ上がったぜー! 今や大天使! いやまあ天使の九階級でいったら下から二番目だけど、それでも部隊で班長くらいにはなれるだろうし、この調子でどんどん階級上げて、いつかは……おい燈吾、聞いてるか?」
何も答えない俺を見て、ヒバリは顔をしかめる。
「良かったな、おめでとう」
「なんだよ反応悪いな。いいよ、若菜や花に祝ってもらうから。ところで、若菜は?」
昇格試験のためずっと現世に来ていなかったヒバリは、若菜さんのことを何にも知らない。
でもそれで良かったのかもしれない。病気のことをヒバリや千鳥に伝えて試験に影響が出たら、それこそ若菜さんが心を痛めてしまう。
「……若菜さんは、もういないよ」
「いない……? どこ行ったんだよ。引っ越しか?」
ただの引っ越しだったらどんなにいいか。
「若菜さんは今月頭に、亡くなったよ」
「…………は?」
陽気なヒバリの表情が固まり、そしてみるみるうちに、歪んでいった。
「……死んだ? なんで? 元気だったろ? 普通だったろ? いつも笑ってたのに……なんで?」
「病気だったんだ。見つかったときにはもう余命が残っていなくって、若菜さんは治療を拒否して、最期まで楽しく過ごすことを選んだ」
「……意味分かんねえ、なんでそんなことになってんだよ……。なんで誰も教えてくれなかったんだよ! おい、燈吾!」
あまりのことに冷静さを失ったヒバリは鬼の形相で俺に掴みかかり、今にも拳が飛んできそうな雰囲気だった。
「あんまり興奮すんなよ、堕天してえのか?」
「んなわけねえだろ! 俺はただ理由が知りたいだけだ! 何も話さなかった理由を! 教えてくれたら毎日でも現世に来たってのに!」
感情をぶつけられ、俺もついカッとなって、ヒバリの胸倉を掴み上げた。
「じゃあおまえは何で丙さんを連れて来なかったんだよ! 無理矢理引き摺ってでも連れて来てくれたら良かっただろ! それができなくても丙さんに手紙は渡してあるんだから、あのひとの気持ちを聞いて、若菜さんに伝えるくらいのことはできただろうが! 何でおまえはずっと丙さんの話題を避けてたんだよ!」
言うと同時に、鬼の形相がくしゃりと歪み、そして俺の肩を離して、よろよろと後退る。
「俺……とんでもねえことしちまった……」
ヒバリの声は、震えていた。もうさっきまでの陽気な雰囲気は、欠片もなかった。
「とんでもねえこと? ヒバリ、おまえ何したんだよ……」
「何って……何もしてねえんだ……」
「は?」
「この数ヶ月、俺は何もしなかった……。丙さんに、若菜と会ってることも言ってない。手紙も結局渡さなかった……。丙さんが現世に行く様子がないから苛ついて、全部黙ってた……。若菜が良いやつだって分かったから、若菜を傷つけた丙さんに、ちょっとした仕返しのつもりで……。俺、とんでもねえことしてたんだな……」
瞬きもせず、息切れのする下手くそな呼吸でそう言ったヒバリは膝から崩れ落ちて、「最低だ、最低だ」とただただ自分を責め続けた。
俺は初めて見るヒバリの様子を見て、言葉を失っていた。
少しの意地悪が、取り返しのつかない事態を引き起こす。
少しの嘘が、こんなにも人を後悔させるなんて……。