遠くの光にふれるまで
荒い息遣いのまましばらくその場で放心していたヒバリが突然部屋を出て行き、日暮れに戻ってきたときには、丙さんを連れていた。ヒバリは泣きはらしたような顔だった。きっと今までのことを全部話して、謝ったのだろう。
丙さんは深刻な表情で俺の前に立つと、ふっと笑って軽く頭を下げた。
「宿木からあらかた聞いた。若菜が世話になったみたいだな。すまん」
「いえ、いいんすけど……。久しぶりっすね、丙さん……」
「ああ、あのときはおまえにも迷惑かけた」
「それもいいんすけど……。どうしてたんですか、この数ヶ月……」
丙さんは顔を上げ「情けない話だが」と頬を掻きながら切り出した。
「俺は天使のくせして嫉妬深くてな。若菜が他の男といたってだけで苛ついて、つい当たっちまった。すぐに会いに来てもきっとまた同じことになっちまうだろうから……手紙を、な」
「手紙?」
「手紙に、謝罪やら俺の気持ちやら全部書いて、それを読みながらゆっくり若菜と話すつもりだった。所謂カンニングペーパーってやつだ。だけどなかなか上手く書けなくて。そのうちちゃんと冷静になれたから、近々会いに来ようと思ってたんだが……ちょっと遅かったな」
「そっすね……。せめて先月来てくれたら……」
「ああ、そうかもな。待つんじゃなかった。今月若菜の誕生日だったからプレゼントを用意して、ちゃんと謝罪してって思って、その日を待っちまった」
言われた瞬間、ばくんと心臓が鳴った。
丙さんは丙さんなりに、ちゃんと色々考えていたんだ。
ただ意固地になって来なかったわけではなかったんだ。
手紙という名のカンペと、若菜さんへの誕生日プレゼントを用意して、ちゃんと会いに来るつもりだったんだ。
でもその事実は、きっとヒバリを苦しめる。もし丙さんに若菜さんのことをあれこれ伝えていたら、結末は変わっていただろう、と……。実際ヒバリは、ここに来てからぴくりとも動かず、ただ俯いていた。
ヒバリを気にかけつつも、丙さんに向き直る。ちゃんと渡さなければ。
「あの、丙さん……。若菜さんからの手紙とプレゼントを預かってるんで……。受け取ってもらえますか?」
「若菜からの?」
頷きながら俺は自分の机の引き出しを開けて、辞書のように分厚い紙の束と、ガラス細工の金魚が入った包み、それから丙さん用に作っておいたアルバムを差し出した。
紙の束をぱらぱら捲った丙さんは、目を細めてふっと笑う。
「似た者同士だったんだな」
本当にそう思う。会えなかった数ヶ月、ふたりは同じことを考え、同じことをしていたなんて。
ふたりで過ごした時間は短い。俺たちの時間から見ても、ほんの一瞬だった。
でもふたりは確かに、お互いを想っていた。