遠くの光にふれるまで




 小さな包みを懐にしまい、分厚い紙束とアルバムを大事そうに抱えた丙さんに、墓参りのことを話した。
 今日はもう日が暮れるから行けないけど、次の土曜にはまたみんなで墓参りに行く予定だ。良かったら丙さんも一緒に。

 言うと丙さんはゆっくりと頷き「絶対来るよ」と答えた。

「宿木も連れて来るから」

 そして俯き続けるヒバリの背中を優しくたたく。ヒバリは涙を浮かべた顔を上げ「はい」と。掠れた声を出した。

「じゃあ千鳥も連れて来てください。俺もみんなに声かけときますんで。紹介します。若菜さんが現世で作った仲間たちを。みんなで若菜さんの話をしましょう」

「ああ、楽しみにしてる」

 丙さんは笑顔だった。きっとつらいだろうに、それでも笑顔だった。
 でも俺は、丙さんが他人に弱いところを、恰好悪いところを見せないひとだということを知っている。
 このあとひとりになってから、手紙を読んで、若菜さんを思い出して、後悔して、泣くんだろう。




 そして土曜日。
 花や春一や俺の家族、部活が終わって駆けつけた野分さんに、シフトを交代して来てくれた店長さんと、店長さんの婚約者。みんな集まって、天界組の三人が来るのを待った。

 でも現れたのは千鳥だけ。

「丙さんとヒバリは?」

 聞くと千鳥は険しい顔で首を横に振る。

「何かあったのか……?」

 返って来た言葉は、数日前の様子からは全く想像もできなかった内容だった。


「数日前、丙副隊長が閻魔庁へ乗り込み、若がどこに送られたか問い詰めたらしい」

「……は?」

「若は秦広王の元ですでに六道のどこに送られるか決まり、そのあとき組の藤原組長と共に閻魔王の元に向かったらしい。これは異例のことで、天界でも少し話題に上っていた。それで丙副隊長は閻魔庁で若の居場所を聞いたんだ」

 そこまで言うと千鳥はさらに険しい顔をして、唇を噛みしめた。

「私たち天使が人間と関わるのは禁止されていない。燈吾や篝火先生のように天使に協力してくれる人間もいるからな。でも……人間と恋仲になるのは大罪とされている」

「……丙さんは閻魔王に、若菜さんとのことを言っちまったのか……?」

 千鳥が静かに頷いた。ばくんと、心臓が鳴った。

「人間との恋を禁止されているのは、かつて天使と恋仲になった人間が次々に命を絶ったことが原因だ。でも若は病死だし、付き合いもごく短い期間だったから、極刑には処されなかったが……」

「……処罰されたのか?」

「ああ。丙副隊長は権天使から天使に降格、副隊長の地位もはく奪された。これから三年間部隊を離れ、再教育プログラムを受ける。そしてこの先十年間、人間界への立ち入り禁止と、二十年間若の捜索禁止を言い渡たされた。それを聞いた雲雀も、丙さんが人間界に来れないのに自分が来るわけにはいかないと……」


 ああ。どうしてこうも、上手くいかないんだろう。
 どうしてハッピーエンドにならないんだろう。

 みんなそれぞれつらい想いをして、あれだけ泣いたのだから、そろそろ幸せになってもいいはずなのに。


 息を吐いて、空を仰ぐ。丙さんや若菜さんのいる場所が、見えるはずもないのに。








(篝火の章・完)
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