遠くの光にふれるまで
丙の章
情けない話をする。
好きな女を傷付けたけどちゃんと謝ることができなくて、カンニングペーパーを作っている。
彼女が好きで好きでたまらないのに、それを素直に伝えることができない。少しのことで嫉妬してしまう。
だからこそのカンニングペーパーだった。
仕事の合間に書き溜めていたが、伝えたいことが多すぎて日ごとに枚数が増えていく。
誰かに見つかったらさすがに格好悪いから、その上に部下から集めた大量の書類を重ねてごまかした。
彼女と離れて数ヶ月経つ頃には大分落ち着いて、会いに行く決意をした。
付き合い始めてすぐの頃、雑談の中で誕生日を聞いていたから、それをきっかけにしようと思った。
まあ、それをきっかけにしなきゃ会いに行けないってんだから、情けないことこの上ない。
すっかり片付いた執務室のデスクで、大量の紙束をまとめて、ふっと息を吐いた。
元気でいるだろうか。
俺たち天使からしたら数ヶ月なんてごく短い時間だけど、人間からしたら結構な時間だから、もしかしたら別の相手を見つけているかもしれない。
もしそうだとしても、せめて俺の気持ちは伝えておこう。
そう思っていた、ある日のことだった。
突然学生時代の後輩、宿木がひどい顔で執務室にやって来て、かと思えばデスクの前で土下座した。
「すんません丙さん! 俺、とんでもねえことしました! ほんとすんません! 何度謝っても償いきれません、だからどうか、俺を許さないでください!」
「待て待て、話が読めない」
本当に突然のことで戸惑って、慌てて宿木に駆け寄る。
やつは床に額をくっつけ、身体を震わせながら、泣いていた。
宿木とは学生時代の頃からの付き合いだからもう数十年になるが、泣いている姿なんて初めて見た。
「とりあえず顔上げて説明しろ。何やらかしたんだよ」
初めて見る後輩の情けない姿を愉快な気持ちで眺め、ぽんぽん背中をたたいてやる。
すると宿木は涙でぐしゃぐしゃになった顔を少し上げて俺を見上げると、懐から皺くちゃの封筒を取り出した。
丙宗志様、と。女らしい丸文字で書かれた封筒だった。
封を開いて中身を確認すると、それは篝火の友人、葵花からの手紙だった。
夏休みを利用してあちこち遊び回るから俺にも是非参加してほしい、と。そんな内容だった。
「夏休みって、もう向こうは秋っつーか冬間近だろ。宿木、おまえ何ヶ月隠し持ってんだよ」
けたけた笑ってやつの背中をたたく。まさかこれを謝りに来たのか? そんなに必死に謝ることでもないだろうに。
「違うんです……もっと、最低なことをしてるんです……」
「はあ? 何だよ、焦らさず早く言え」
「丙さん……」
「うん?」
笑っていられたのは、ここまで。
俺は宿木がこんなに必死に謝る理由を知った。
「……俺、丙さんのお使いで現世に行ったあとも、度々向こうに通って……若菜に会ってたんです……。それで、若菜を傷付けたって言うわりに全然謝りに行かない丙さんに苛ついて、花からの手紙を渡さなかった……。今は後悔してます、手紙を渡して、丙さんを無理矢理引っ張って行けば良かったって……。そしたら仲直りできたのに……。こんなことにはならなかったのに……。若菜が……若菜が死ぬ前に……」
「…………は?」
「ほんとすいません……! 俺は丙さんと若菜の邪魔しかしてなかった……!」