遠くの光にふれるまで
天界に戻り、宿木を八番隊の隊士寮まで送った。
ちゃんと飯食えよ、風呂も入るんだぞ、布団入って寝ろよ、と言い聞かせたけど、やつはまだ放心状態だったから心配して、世話してやることにした。
何が楽しくて、こんないかつい顔ででかい図体の男の世話をしているんだ。
これが彼女なら大歓迎。そういやリビングで一仕事終えたあと、疲れて起き上がれなくなった彼女をベッドまで運び、服を着せてやったことがあったな。
素っ裸の彼女に下着を渡すと、なぜだか恥ずかしがってきゃーきゃー言ってた。自分の姿見てみろ、裸のほうが恥ずかしいだろ、と笑ったっけ。
どうにか宿木を布団に押し込んで、ようやく自分の部屋に戻ってきた。
紙束をテーブルに置いてしばしそれを眺めると、思わず「くくく」と笑ってしまった。
俺が書いたカンペも結構な量だったが、彼女の手紙はそれ以上。まるで辞書だ。読み切るまでには時間がかかるだろう。
だけど幸い俺には時間がある。天使の時間は長い。どれだけ時間がかかっても読み切ろう。
一字一字、彼女の言葉を噛みしめながら、ちゃんと読もう。
彼女の数ヶ月の全てが、ここにあるのだから。
『ひのえさん。次いつ会えるか分からないし、会えたとしてもわたしの気持ちをちゃんと伝えられるか分からない。文章のほうが伝わるかもしれないと思ったので、こうして手紙に書いておくことにします』
そんな書き出しだった。
『この間は話の途中で席を立ってしまってごめんなさい。あの日は体調が悪くて……。お恥ずかしいところをお見せしました。異性の前でトイレに駆け込むなんて。人生初です。何度思い返しても情けない。恥ずかしい。できればあの醜●態は忘れてくださいね』
思わず噴き出した。あいつ、醜態の態の字を間違えて書いたな? 恐らく熊と書いて、すぐに気付いて消したのだろう。修正液を使えよ。
『ひのえさんはいつもわたしの浮気を心配していましたけど、浮気なんて絶対有り得ないし、考えられません。だってわたしはこんなにあなたのことが好きなのですから。初めてあなたに会ったとき、いえ、初めてあなたを見た瞬間から、あなたに恋していました。一目惚れ、なんて言葉じゃ足りないくらいの、一目惚れでした。あなた以外の人と恋をするなんて、今のわたしには考えられません。だからいつか、別れの日が来るまで、一緒にいたいと思っています』
一枚目は、そんな内容だった。
もう一度最初から読み返してみて、あの日のことを振り返った。
真夜中近くに帰って来た彼女に、怒りをぶつけた。宿木から、他の男と出かけたと聞いて、頭に血が上っていた。
俺は彼女の顔を見ることができず、ずっと目を伏せ俯いていた。
怒りに任せて思ってもいないことをあれこれ言う間も、彼女を直視できないでいた。
だから彼女が席を立ってトイレに駆け込むまで、体調が悪かったことに気付かなかったのだ。
聞こえてくる彼女の苦しそうな声を聞いていたら、もう怒りは消えていた。
いつから体調が悪かったんだ。どれだけ我慢していたんだ。
とにかく彼女を運んで、着替えを手伝って、世話を焼いてやろう。そう思ったけど、彼女はそれを拒否した。
当たり前だ。あれだけ暴言を吐いたのだから。拒否されても仕方ないと思った。嫌われて当然だと思った。のに……。
それでも彼女は、俺を想ってくれていたんだ。彼女の言う「別れ」の定義は分からない。死かもしれないし、気持ちが離れたことによる別れかもしれない。彼女は人間だから、適齢期がきたら結婚して子どもを産みたいと、切り出すかもしれない。
そのどれであっても、いつか別れの日が来るまで一緒にいたい、と。そう思ってくれていた。