遠くの光にふれるまで




『有給休暇をいただきました』

 二枚目の書き出しは、そんな感じだった。
 どうやら全く使っていなかったからと、休暇を取らされたらしい。

『とうごくんやハナちゃんに誘われて、バーベキューをすることになりました。男の子もいるけど、浮気じゃないから許してね』

 彼女がこれだけ浮気のことを気にするとは。俺は相当浮気のことを言っていたんだな、と苦笑した。

 その下には、参加するメンバーの紹介があった。メンバーをいちから紹介するのではなく、彼女とそいつらの関係を、簡潔にまとめてくれていた。
 俺の名字と同様、彼女は篝火の下の名前――燈吾を平仮名で書いていた。長い付き合いなんだから、名前くらい漢字で書いてやれよ。


 三枚目からは、みんなで集まったときの様子が書かれていた。
 宿木や、宿木の同期の東屋千鳥も参加したらしく、とても楽しく過ごした、と。不在の俺に日々の様子を話したかったんだろうが、もはやこれは日記だ。
『とうごくんと宿木さんは、お肉ばかり食べていました』なんて聞かされても、おまえら野菜も食え、としか言えない。



 そんなほのぼのとした様子が変わったのは、五枚目から。
 時期的には六月末。健康診断の結果が出たらしい。

『末期の胃ガン、余命は三ヶ月から半年。もしかしたら、来年を迎えられないかもしれません』

 そんな衝撃的な告白でも、彼女の字は乱れない。右上がりの綺麗な字だった。

『あと半年の間に、わたしはひのえさんに会えるでしょうか。ひのえさんはわたしに、会いに来てくれるでしょうか』

 そしてその告白は、俺を悔やませる。
 会いに来れば良かったと、何度でも思わせる。

 でも『色々考えましたが治●●療は受けないことにしました』と、肝心なところで二度も字を間違うから、気分はどん底まで落ちずにいれた。

 彼女の家族のことも書いてあった。
 本人の意志ではなく家族の意志で無理矢理治療を受けさせた爺さんこと、やりたいことができないまま突然逝ってしまった親父さんのこと、何もかも我慢して絶望の顔で逝ったお袋さんのこと。
 その経験が、彼女に『治療は受けない』と決意させたこと。

『これからどれだけの時間が残されているかは分かりませんが、その日が来るまでいろいろなことをして、楽しく笑って過ごしたいんです。願わくはその時間のなかに、ひのえさんがいますように、と。思っています』

 ああ、どうして……。

『だからひのえさん、早く会いに来てくださいね』

 どうして彼女をひとりにしてしまったのだろう……。

『愛しています』

 こんな俺を愛してくれる、彼女を……。




< 73 / 114 >

この作品をシェア

pagetop