遠くの光にふれるまで




 そのあとの彼女は、病気のことを一切書かず、ただ篝火たちや職場の仲間たちと一緒に楽しく遊んだことばかり。

 流しそうめんをしたりウナギを食ったり、ひまわり畑に行ったり肝試しをしたり。誰がこんなことを言ったとかこんなことをしたとか飯がうまかったとか。俺はその場にいなかったのに、まるで一緒にいたんじゃないかと錯覚してしまうくらい……。んん? 肝試し? あいつら全員見えるやつらなのに、どの肝を試したんだ?

 浴衣を着て祭にも行ったらしい。彼女の浴衣姿か。見たかったな、と考えていたら、そういえばアルバムも渡されていたことを思い出した。

 写真のほとんどは葵花が撮ったらしく、葵の姿はほとんど写っていない。彼女や篝火、山吹春一が楽しそうに笑っている姿ばかり。
 久しぶりに見る彼女の姿。
 そうだ、この笑顔。目を細めて、両の口角を上げ、少し前歯を見せ、俯きがちに、彼女は笑う。
 この笑顔が、俺は大好きだった。


 思い出を共有するかのように、ぱらぱらとページをめくる。
 そしてようやく、浴衣の写真に辿り着いた。
 黒地に鮮やかな椿の浴衣。揃いの髪飾り。猫の面を横につけて、彼女はやっぱり笑っている。

 初めて見る彼女の浴衣姿に、思わず頬が緩んだ。こんなに可愛いんじゃあ、きっと誰にも見せないように捕まえてしまうな、なんて考えながら。
 いや、もしかしたら可愛すぎて襲ってしまうかもしれない。
 そして彼女はきっと「せっかく着たのにー」と口を尖らせ、それでも楽しそうに笑うんだろう。

 どれもこれももうできないし、俺が彼女の浴衣姿を見ることはできないんだけれど……。


『来れなかったひのえさんのために、お土産を買っておいたんですよ。ガラス細工の金魚で、一目惚れです。もらってください』

 手紙に戻ってすぐそんなことが書いてあったから、渡された包みを懐から取り出す。
 赤い和紙を丁寧に開くと、それは確かにガラス細工の金魚。とても小さくて可愛らしい、その綺麗さに見惚れるようなガラス細工だった。

 彼女が一目惚れしたというのも頷ける。

『一目惚れと言っても、ひのえさんに対する気持ちとは全く別物なので、金魚相手に嫉妬しないでくださいね?』

 分かってるよ。さすがにガラス細工の金魚に妬くほど嫉妬深くない。はずだ。


 写真と手紙を交互に見ていくと、なんだか俺もそこにいたような気分になった。
 写真には度々宿木や東屋も写っていたから、余計にそう錯覚したのかもしれない。

 と同時に、宿木があれだけ悔やんだ理由も分かった気がした。
 俺への手紙を託されたのちも、それを渡さず自分だけ現世に通い、彼女と親交を深めていた。

 もしかしたら宿木も、彼女に惚れていたのかもしれない。
 俺の代わりに彼女の横で笑う。そんな日々を過ごしていたからこそ、あれだけ後悔することになったのか……。
 あいつは情に厚いやつだから、余計に気にしてしまうのかもしれない。明日様子を見に行ってやるか……。




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