遠くの光にふれるまで
彼女の毎日は、驚くほど楽しそうだった。文章も写真も、彼女が病気だとは思えない。薬で痛みを抑えているのか、それほど進行していないのか、俺には分からないが。とにかく楽しく過ごしていたことが、文章からも写真からも伝わってきた。
色々なことをして楽しんだ彼女の八月最後の文章には、こんなことが書いてあった。
『ひのえさん、知ってました? 線香花火の火花が小さくなってから、玉が落ちるまでに願い事を十回心の中で繰り返すと、願いが叶うらしいですよ。ハナちゃんやあかりちゃんとやってみたけど九回目で落ちちゃって、ちょっと落ち込みました。まあ、そんなジンクスはないらしいので、ひと安心なんですけどね』
彼女は一体、何を願ったんだろう。
そう思っていたら、すぐ下に答えは書いてあった。
『わたしは、ひのえさんが元気でいてくれますように、と願いました。ひのえさん、お元気ですか? 怪我していませんか? ちゃんと食べていますか? わたしは、朝も昼も夜も。なんなら眠っている間も、ひのえさんを想っています』
胸が、疼いた。
『この夏はいろいろなことをしたけれど、そこにひのえさんがいなかったことが、寂しくて仕方ありません。できれば一緒にいたかった。いろいろなことをしたかった』
疼いた胸が、痛み出す。
『そういえばひのえさんとの初デート、行けていませんね。デートの約束、まだ有効ですか? 有効なら、どこかへ行きましょう。場所はどこでもいいんです。ひのえさんがいてくれるなら』
痛みに耐え切れなくて、左手でぎゅうっと胸を掴んだ。
有効だ。有効に決まっている。延期に延期を重ね、結局行くことができなかった初デート。
有効だけど、もう行くことができない。
元気にしていた。怪我もしていない。ちゃんと食ってもいる。俺だって朝も昼も夜も、眠っている間も彼女を想っていた。
なのに俺は、会いに行かなかった。行かないまま、終わってしまった。
こんなにも会いたいのに、こんなにも好きなのに、どうして……。
開いた右手で文字をなぞり、奥歯を噛みしめる。
もう何十年も生きてきた。だけどこんなに苦しい恋は、初めてだった。