遠くの光にふれるまで
彼女からの手紙の最後の一枚。
字は細く、彼女が書いているとは思えないほど乱れていた。
この頃の写真はもうなかった。衰えた姿を写真に残すことを拒否したのか、それともカメラ係の葵が撮りたくなかったのか。
それでもその字から、彼女の姿が浮かぶ。
身体の痛みに耐え、朦朧とする意識の中、残った力を俺への手紙のために使う。
『ひのえさんに出会えて、幸せでした。ありがとう』と。残った力で、俺への気持ちを綴る。
『幽霊と話したら友だちがいなくなる。幼い頃、それを呪文のように心の中で唱えて過ごしました。うっかり幽霊と視線を合わせないよう、見えているのに見えないふりをしていました。でも、見えるからこそ、ひのえさんと出会えた。今ではこの目に感謝しているんです』
『本当はね、ひのえさんと一生付き合っていくとは、思っていなかったんです。そりゃあわたしだっていつかは結婚するんだろうし、天使ほど寿命も長くない。だけど何年か、何十年か、いつか別れる日がくるまで、あなたと一緒にいたいと思っていました。まさかこんなに早く、その日がくるなんて、思わなかったけど』
『だから、わたしが人としてこんなに愛したのは、ひのえさんだけだと言い切れます。愛しています。これからわたしが六界のどこへ行くか分からないけれど、いつかまた会えたら、またあなたを愛すことを●●ちかいます』
『でもひのえさん、これだけは言っておきます。わたしのこと、思い出さなくてもいいから、忘れないでね。ひのえさんには幸せになってもらいたいから、思い出さなくてもいい。でもあなたの記憶のどこかに、わたしを置いてほしい』
『丙宗志さん、何度言っても足りないくらい、あなたを愛しています』
『※初めて書いたんですが、漢字、合ってますか?』
『でもね、この数ヶ月、ひのえさんに会えなくて良かったって思います。ひのえさんは心配性だから。心配かけなくて良かった』
『次はそうだな、わたしの妄想を書いてもいいですか? ベッドの上での生活はひまなので、ひのえさんとの幸せな暮らしを妄想して、ひとりでにやにやしていたんです。これが最近のわたしの遊びなんです。手紙がだいぶあつくなってきましたが、もうしばらくお付き合いお願いします』
手紙はそこで終わっていた。
彼女が俺とのどんな暮らしを考えていたのかは、書けずに終わってしまったらしい。
さっきから胸の痛みは増している。胸どころか頭も手も、喉すら痛い。
俺だって同じ気持ちなんだ。こんなに愛したひとは、彼女が初めてなんだ。
彼女の全てが好きだった。優しいところも、危機感がないところも、気がきくところも。料理だってうまかった。話だって面白かった。笑う顔も、驚いた顔も、優しい顔も、全部、全部。良いところで「誓」の字が書けない、抜けたところすら愛しい。
彼女は「思い出さなくてもいいから忘れないで」と言ったけれど、忘れてなんてやるもんか。何十年、何百年経っても、俺は決して彼女を忘れないだろう。いつだって彼女を思い出すだろう。
こんな俺を愛してくれた彼女のことを。
最期のときにそばにいれなかった、どうしようもない俺を、それでも愛していると言ってくれた彼女のことを。
俺に心配かけなくて良かったと言ってくれた、彼女のことを……。
分厚い手紙を読み終え、彼女からの最初で最後のプレゼント――美しいガラス細工の金魚を握り締めた。
放心状態でしばらく金魚を弄んでいたら、ついに我慢できなくなって、畳に伏せた。
愛している。彼女を、心の底から愛している。
だけどそれを彼女に伝えることはできない。
それがもどかしくて、悔しくて、悲しくて、畳に額を擦り付けながら泣いた。泣き喚いた。
全身が痛くて仕方ない。さっきから痛みは増すばかりだ。何時間涙を流しても、痛みは取れないままだった。