遠くの光にふれるまで
「丙さん、副隊長就任、おめでとうございます。これ、お祝いっす」
「二度目なんだから祝いなんていらねえのに」
「めでたいことはめでたいですから、もらってください」
「お、地獄産の酒か。じゃあありがたくもらっとくわ」
まだ片付けが終わらない執務室にやって来た宿木は、小さく笑みをこぼして酒瓶をデスクに置いた。
そして散らかったデスクの上でガラス細工の金魚を見つけて、一瞬表情を強張らせる。
それに気付いてしまったから、俺も小さく笑って、金魚を指で弄んだ。
「なあ、宿木」
「……はい」
「あれからもう十八年経つ。俺も権天使に戻って、また副隊長になれた。だからそろそろおまえも、自分を許してやれ」
「……」
十八年。彼女が死んで十八年が過ぎようとしていた。
処罰は「二十年間藤宮若菜の捜索禁止」を除いて全て終えた。
再教育プログラムを受けたのち部隊に復帰し、下っ端からの再スタート。地道に仕事をして、鍛錬に励んで、十八年かけて副隊長の地位まで戻って来れた。人間界への立ち入り禁止も八年前に解けている。
だけど宿木はあのときのことを悔やみ続け、何も変われないでいた。むしろあのときよりもずっと後退していた。
俺の処罰が決まった後、自棄になった宿木は、部隊の仲間や人間たちといざこざを起こし、降格させられた。
あれだけ頑張って大天使に昇格したというのに、また九階級最下位の天使に戻ってしまった。それ以降、何度説得しても一度も昇格試験を受けず、天使部隊の末端として過ごしていた。
「おまえは良い腕を持ってるんだから、上を目指そうと思えば目指せるだろ」
「そんなこと……」
「近々天部衆の護衛隊が代替わりして、天使部隊から何人か引き抜かれるって話を聞いた。部隊の席もいくつか空く。次の試験で昇格できれば、すぐにでも班長になれる」
「……俺には、できません」
「どうして」
聞くと宿木は目を伏せて俯き、静かに首を横に振る。
「俺には無理です……。まだ罪を、償ってません……」
「そのことはもういいって何度も言ったろ」
「でも丙さん、あなたとあの子の仲を引き裂いた俺が、部下を率いて戦えるとは思えないんです……」
「宿木……」
あれ以来、宿木は彼女の名前を呼ばない。必ず「あの子」と呼ぶ。俺に気を遣っているのだろう。
こんなに悔やみ続けなくてもいいのに。宿木がしたことはほんの些細なこと。彼女と会っていることを隠し、葵から託された手紙を渡さなかった。ただそれだけのことだ。
実際彼女に会いに行かなかったのは俺だし、残された彼女を楽しませてくれていたのならそれでいい。
俺が処罰されたのだって、俺がただ冷静さを欠いていただけ。
だからあれもこれも、宿木がここまで悔やむことではないのに。