遠くの光にふれるまで
「この間現世に行ったら、篝火んとこに二人目が生まれてた。葵――ああ、名字変わったから花でいいか。花そっくりの男の子だった。上の子はもう八歳らしい」
「……」
「山吹は部長に昇進して、篝火の妹は今年から剣道部の顧問だそうだ」
「……」
「東屋千鳥だって、来年にも十番隊の副隊長に昇進って話だ。みんな前に進んでる。だからおまえも前に進め」
それでも宿木は首を横に振る。
「……丙さんが前に進まないのなら、俺は進めません……」
「はあ? 俺? 俺は進んでるだろうが。副隊長だぞ副隊長」
「でもあれ以来……誰とも付き合ってないじゃないですか。告白も誘いも全部断って……」
「そんなことねえよ。この間恋文をもらった」
言いながら、引き出しから一通の手紙を取り出し、宿木に見せる。少し顔を上げてそれを確認したが、それが誰からの恋文なのかすぐに分かったようで、またすぐに俯いてしまった。
「それ、恋文っていわないんじゃ……」
「女からの求愛の手紙なんだから恋文だろうが」
「……また処罰されますよ」
「はは、かもな。でも捨てられなくてよ」
ひのえそうしさま、と。頼りない字で書かれた恋文。篝火のとこの長女からもらったものだ。
さすが篝火と花の娘。しっかり霊力を受け継いで生まれてきたらしく、俺の姿もはっきり見える。そして現世に行く度求婚されたいた。
「ひのえさん結婚してー」とすり寄ってくる様子を思い出して、くすっと笑った。
「とにかく俺は、ひのえさんが幸せにならない限り、前には進めないんです……。それが俺の、丙さんとあの子に対する罪滅ぼしです……」
宿木が去った執務室。ガラス細工の金魚を弄びながら、椅子の背もたれに身体を預けた。
俺が幸せにならない限り、宿木は変わらない。
じゃああいつはこれから先もずっとあのままだ。
彼女以外の誰かと恋に落ちるつもりがないからだ。
十八年間、彼女のことを忘れた日はない。朝も昼も夜も、なんなら寝ている間も。想いは募るばかり。
若菜……。こんなに待たせてごめんな。何もしてやれない情けない男でごめんな。あと二年。あと二年我慢すれば、探しに行ける。探し出してやれる。
たとえすでに転生が決まって、人間界に戻ってしまっていたとしても、必ず探し出して、今度は上手くやれる。そうしたら話をしよう。
おまえが考えていたという、俺との幸せな暮らしを聞いて、実行しよう。
おまえは俺の光だ。
十八年間消えることがなかった光。どんなに遠く離れていても、いつだって俺の行く道を照らしてくれる。
いつか必ず会えることを願って、ガラス細工の金魚を握り締めた。
(丙の章・完)